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第373話.束の間の自由
家を出る時に視線を感じて振り返ったら黎渡だった。
親に愛されていないことを再確認した僕は悲しみに包まれていたけど、黎渡からは兄弟としての愛を感じる。
だから見送りに部屋から出て来てくれたと思うと嬉しくて、笑顔で手を振った。
ほんの少しだけ口角を上げて微笑む黎渡はやっぱりカッコよくて、絵になる。
頼りないお兄ちゃんでごめんね
たぶん黎渡は僕のことを兄とは思っていないだろう。
だから自分のものになれだなんて、からかってくるんだ。
最寄りの駅に戻って、3駅でいつも買い物に行く駅に着く。
先輩達からは1人で出かけるなって言われたけど、こんな味気ない格好ではいたくないし、昨日新作が出たはずだから行かない訳にもいかない。
買いたいものを買ってそれを着ていつもの喫茶店でランチをする。
それから帰れば問題ない。そう思っていた。
お店に着くと店長さんが寄ってきた。
「え?! 来夢くん? そんな地味な格好してどうしたの?」
「ちょっと行くところがあったので。新作を見に来たんです。着て帰りたいんですけど、いいですか?」
「もちろん! 今回の新作も来夢くんに似合うと思うのよ 例えばこのトップスとか、スカートに見えるキュロットとか」
スカートを履くのは気が引けるが、パンツなのにスカートに見えるなんて、凄く素敵だ。
「着てみてもいいですか? グレーのキュロットとピンクのトップスがいいかなぁ。ここのはパステルカラーだから本当に可愛いですよね」
「相変わらずセンスがいいわねぇ。来夢くんのサイズはこれと、これね。はい、どうぞ。着たら教えてね」
「はーい」
自宅に帰るためにだけ着ていたものを脱ぐと、心の重荷も下ろした気分になる。
真新しい服を着る。
トップスはふわふわしていて、キュロットも見た目はスカートそのものだ。
鏡に映った僕は女の子に見える。
それだけで有栖川来夢では無く、単なる来夢という人間になれると感じる。
束の間であっても自由になれる気がするから、こういう格好をするのが止められない。
試着室から出たら、今日来ている店員さんがみんないた。
開店間もないから他にお客様はいないらしい。
「「可愛い!」」
同じ組み合わせを着ている店員さんもいる。
「来夢くんはうちの商品の広告塔になってくれてるのよね〜。街で見かけたって人も来てくれるのよ」
「それは僕じゃないですよ。可愛いお姉さんも着てらっしゃるから、それを見かけたのでは?」
僕が広告塔なんて申し訳ない。
先輩達と出会ってなかったら『可愛い僕が着てるんだから当然だ』なんて思っていただろう。
でも、そんなひとりよがりの考えは自分を貶める行為だと知った。
自分で自分を最低の人間にするなんてバカげてる。
「着て帰るのよね? 値札を切るから動かないでね」
着た状態で値札を取ってもらい、着てきたものを袋に入れて、トップスとキュロットの色違いも買ってお店を出た。
その頃には他のお客様も来ていて新作を笑顔で見ていた。
「来夢くん! これ、あげるわ」
お店を出た僕を店長さんが追いかけてきた。
「え? シュシュですか?」
「えぇ、新作に合わせて作ったもので、買って下さった方に渡してるんだけど、忘れてたから追いかけちゃった」
店長さんがシュシュをつけてくれた。
「元気が無かったから心配したけど、大丈夫そうね。また待ってるわ」
店長さんは小柄な可愛い女性で、男である僕がお店の服を着ることに反対しないでいてくれる、素敵な人だ。
喫茶店に向かうために歩き始めたら急に腕を掴まれた。
「ようやく1人になったね、ライム」
腕を掴んでいるのはマキノさんだった。
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