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第374話.絶望そして………

掴まれた腕から嫌悪しか湧き上がらない。 「いやっ……離して下さい………」 怖さもあって震えて小さい声しか出ない。 「どうして俺の店には来てくれないの? ライムに似合う服、たくさんあるのに………。今日は会えたら着てもらいたいと思って服を持ってきたんだ。2人きりになれる所に行こうか」 マキノさんの目が靖さんのそれと重なる。 欲望が隠しきれずに溢れ出ている。 いや、隠そうとしていないのだろう。 「嫌です……行きませんっ………誰か、助けてっ………」 叫んだら誰か気が付いてくれるかもしれないのに、声が上手く出ない。 「無駄だよ。誰だって面倒なことには首を突っ込まないものだから。ほら、行こうか」 無理矢理腕を引っ張られる。 少しでも抵抗しようと足を踏ん張るが、力で勝てるわけもなく、路地裏に連れて行かれる。 いつも買い物に来る所と同じ場所とは思えない、ラブホテル街が目の前に現れた。 初めては靖さんに取っておかなければならない。 そんなことも頭に浮かばない程の嫌悪感に軽くパニックになる。 「いやっ! 誰か! 誰か助けっ…んんー……」 何人かの人がこちらを見たが、我関せずですぐに目を逸らされた。 マキノさんに手で口を塞がれて抱き上げられてしまえば、どんなに抵抗しようとしても無駄な足掻きにしかならない。 「悪い子にはお仕置きが必要だね」 恐怖に体を震わせることしか出来ない。 先輩達の言う通り1人でお出かけをしなければ良かったんだ。 そう気がつくのがあまりにも遅かった。 1番近くにあるホテルに連れ込まれるかと思ったが、そうでは無いらしい。 抱き上げられた状態で、諦めるほかないのかと絶望した次の瞬間、僕は誰かの腕の中にいた。 ほのかに煙草の匂いがして、スーツは肌触りがいいから上質なものと分かる。 「嫌がる子を無理矢理なんて、犯罪ですよ?」 少し低めの声は怒っていることを隠していなくて、でもその声に安心する僕がいた。 「な、何だよテメェはっ!」 「通りすがり、と言いたいところですが、来夢は私のものなので手を出さないでいただきたい」 え? 何で僕の名前を? 知らない人だよね……?! 腕の中である1点を指さされた。 『D.Enomoto』スーツに名前の刺繍が入ってる。 オーダーメイドで作ってもらったのかな? 「何バカなことを言ってんだよ! ライムは俺のものなんだよ。誰にも渡すつもりは無い! それにあんたこそ知り合いでも何でもないだろ!」 またマキノさんに腕を掴まれて恐怖が戻ってくる。 「え、えのもとさん! 助けて」 片方の手でギュッと抱きつく。 「ほら、来夢はあんたじゃなくて私を選んだようだよ? 汚い手は今すぐ離せ」 マキノさんの腕を掴んだえのもとさんはその手を僕から引き剥がした。 頭をぽんぽんとされてから至近距離で微笑まれる。 「少し離れて待ってて。すぐに片付けるから。心配はいらないよ」 ひゃー! えのもとさん、もの凄くカッコイイ!!! 「これだけ持ってて?」 スーツのジャケットを渡されて、それをギュッて抱きしめるようにして持つ。 Yシャツ越しにも鍛えているってことが分かる。 えのもとさんが言うように決着は一瞬でついた。 そのまま近くの交番に連れて行くとおまわりさんに今までのことも全部話した。 警察でいうところの『ストーカー』に当たるらしく、2度と僕に近づかないと約束させられていた。 「あの、えのもとさん。ありがとうございました! でもどうして僕の名前を?」 「昔、有栖川の家で会ったことがあるんだよ。これからは1人で行動はしない方がいいね」 家で? あぁ、昔はよくホームパーティーをしていたから、その時かな………? 「送るよ。でもその前にランチかな……実はこの辺は初めてで迷ってたんだ。そのお陰で助けられたから良かったけど」 「じゃあ、僕のよく行く喫茶店に行きませんか? すぐなので」 もしかしたら僕のために嘘をついてくれてるのかもしれない。そう思った。

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