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第375話.まさかの出来事

喫茶Rainで向かい合わせに座る。 僕はいつものランチプレートを、えのもとさんはオムライスを大盛りで頼んでた。 細身だけど、たくさん食べるんだなぁ………。 「あの、先程は本当にありがとうございました」 「困ってる人を助けるのは当たり前だから、気にしなくていいよ。あ、一応俺はこういう者だよ」 「………俺………?」 名刺を渡されながら、さっきマキノさんには『私』と言っていたことを思い出した。 「ああ、普段は俺って言うけど、冷静であろうとすると私ってなるんだ。それだけあのストーカーに怒ってたってことかな。俺のことも怖かったよね?」 「そんなことないです! あの人、マキノさんはずっと怖くて……何度も体を触られたりしてたから………。えっと榎本大輝さん……ん? ダイ兄ちゃん………?!」 小学校に入る前くらいにすぐそばに住んでいたダイ兄ちゃんは、たぶん僕の初恋の人。 そっか……1度も恋をしたことがないと思ってたけど、恋、してたんだ………。 「思い出してくれた? 来夢は変わってないからすぐに分かったよ」 「変わってないって、僕だってもう高校生になったんですけど」 僕の言葉に驚いたように目を丸くするダイ兄ちゃんは失礼だと思う。 「相変わらず女の子みたいで可愛いね」 可愛いと思うのは『女の子みたい』だから………ダイ兄ちゃんの恋愛対象は……女の子………。 胸がツキンと痛む。 そんな資格はないのに………。僕には許嫁がいて、その決定は覆らないし、それ以前に僕は男だから………。 「似合ってるでしょ?」 僕の変な考えは悟られちゃダメ! 偶然の再会に喜ぶ単なる昔の知り合い、なんだから。 そう思うのに昔の感情が甦ってくる。 女の子みたいな格好をする様になったのも、ダイ兄ちゃんと仲良くしたかったから。 ダイ兄ちゃんが引っ越したのは小学2年生の時。 その後も止めていないのは、また会いたかったから………? 「ああ、よく似合ってる」 微笑まれてトクンと胸の中が甘いものでいっぱいになる。 どうしよう………。僕、ダイ兄ちゃんのこと今でも好きなんだ………。 でもそれは伝えられないし、叶うこともない。 ダイ兄ちゃんの未来に僕はいないし、僕の未来にもダイ兄ちゃんは………いない…………。 それが運命なんだ。 自分に言い聞かせるけど、胸は張り裂けそうだ。 「ふふふ、ありがとう」 泣き顔なんて見せられない。 会うのはこれが最後になるだろうから、笑顔を覚えていて欲しい。 「高校生か、若いね。恋人は? 出来た?」 「僕には許嫁がいるので………そういう人はいないです」 「へぇ、許嫁ね。相手は誰? 有栖川の長男の許嫁なんて絶世の美女なんだろうね」 そっか………。普通に考えたら僕がお嫁さんをもらって有栖川の次期当主になるって思うよね。 ここは訂正するべき? 肯定したとしても相手の名前に挙げられる人がいないか………。 「有栖川を継ぐのは僕じゃなくて黎渡です。お父様にとって僕は長男として認められないみたいで。許嫁は西園寺靖さんです」 「は? 西園寺ってそうとう年上だし、変態だって有名じゃ無かったか?」 「本当は僕も嫌だけど、お父様の決定は絶対だから……仕方ないんです」 また僕のために怒ってくれる。 まだ弟みたく思ってくれてるのかな………? 「お待たせしてすみません。来夢くんがランチプレートで、あなたがオムライス大盛りですね? 食後にはコーヒーでいいですか? 好みがありましたら聞きますが」 雨音さんが料理を持ってきてくれた。 ダイ兄ちゃんは何か言いたげだったけど、それは発せられることは無かった。 何を言おうとしたのか気になるけど。きっと聞かないことが僕のためになる。 ダイ兄ちゃんはコーヒーの銘柄を言っていたけど、全く耳に入ってこなかった。

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