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第377話.想像
楽しいのか苦しいのか分からないような時間だったけど、僕にとってはとても素敵な時間になった。
恋をしたことがないと思ってたけど、ちゃんと恋をしていたことも分かったし、その人のことを今でも好きだと気が付いてしまった。
これから先に待っているのは苦行とも言えるものだけど、この思い出だけで生きていけると思う。
ダイ兄ちゃんは学校まで送ってくれた。
「来夢、JOINの交換しないか? 息抜きが必要な時は俺が話し相手になるから」
魅力的な提案だけど、靖さんに知られたら叩かれるだけでは済まないだろう。
もしかしたらダイ兄ちゃんの仕事にも支障が出るかもしれない。
「靖さんに怒られちゃうから……ごめんなさい。今日は思いがけず会えて嬉しかったです。バイバイ」
最後まで笑顔でいられた自分を褒めたい。
守衛さんに挨拶をして生徒手帳を見せて、名前を書いた横に帰ってきたチェックを入れる。
振り返ったらダイ兄ちゃんはまだそこにいた。
手を振ったら振り返してくれた。
その光景を瞼に焼き付ける。
寮までの道を下を向いたままの状態で早足で歩く。
部屋に入ったらベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。
どんなに泣いても足りない。
恋をしたいってずっと思っていた。
それがあれば靖さんのところに行っても大丈夫だって。
何でそんなバカなことを考えていたんだろう。
苦しいだけだ。好きな人に好きだと言えず、好きでもない人のところに行かなくちゃいけないなんて。
一緒にいた時は思い出だけで大丈夫だって思ったけど、もう会うこともないとなると……全然大丈夫なんかじゃない。
1度は忘れた恋だけど、もう忘れることは出来ないと思う。
ダイ兄ちゃんを想う心は誰にも気が付かれないようにしまわなきゃ………。
でも、今だけ……今だけは思い出に浸ってもいいよね?
「ダイ兄ちゃん………大輝さん、好きです。たぶん初めて会った時から………」
人数の関係で1人部屋だから、誰に独り言を聞かれることもない。
気持ちの整理を付けようと思って言葉にしたのに、その想いは膨れ上がって僕を包み込む。
「貴方の好きな人ってどんな人ですか? 素敵な女性ですよね………。わかってます。僕が入り込む隙間なんて無いことくらい」
自分の紡ぐ言葉に自分で傷つく。
「それでも想像の中でだけは恋人にしてくれませんか?」
『構わないよ』
勝手に頭の中でダイ兄ちゃんの声を再生する。
『俺の好きな人は、来夢だよ』
そう言われて困るのは僕なのに、言って欲しいと思うなんてワガママだな。
『来夢、俺と付き合って。来夢のお父さんからも西園寺からも俺が守るから』
僕の想像は留まることを知らないらしい。
我に返った時に苦しいのは自分なのに、そうと分かっていてもやっぱりダイ兄ちゃんと恋愛をしたかった。
「ありがとうございます。でも僕は大丈夫ですから、心配しないで下さい」
ギュッと抱きしめてくれる腕も、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれることも、素敵な笑顔も僕の大切な宝物だから。
今までだってたくさんのことを諦めてきた。
この恋もその中の1つに過ぎない。
そう何度も何度も自分に言い聞かせる。
今夜も寝て起きたらいつもの日常に戻る。
その日常の中にダイ兄ちゃんの姿は……ない。
泣き疲れて眠るまでずっとダイ兄ちゃんのことを考えていた。
僕のために動いてくれている人がいることを知るのは、夏休みが始まってからのことだった。
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