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第378話.提案
拓海から来夢くんが家に帰ったと聞いていたが、俺が有栖川の家に着いた時にはもういなくなった後の様だった。
「お待ちしていました、大野さん。今回はどのようなお話で?」
善三さんも奥さんも、おそらくだが俺が良い話を持って来たと思っているのだろう。
それが真逆だと分かったらどうするのだろうか。
「お久しぶりです。善三さん。今日こちらに来たのは来夢くんのことで話がありまして」
「え?! 来夢のこと?」
「えぇ、私の甥の友達の後輩でして、先日会いましてね。色々と悩みがある様でしたので」
来夢くんを心配していると知ると、急に態度が変わる。
「あの子は許嫁のことで少し悩んでいたようだが、今日来て話をしたら覚悟を決めてくれたので、一安心したところだが?」
どうやら来夢くんのことには触れられたくないようだ。
「申し出を断っておきながらこんなことをとお思いになるかもしれませんが、西園寺靖さんのいい噂は1度も聞いたことがありません。何故彼を選んだのですか?」
「それを君に話す必要は無いだろう?」
頑なに何を隠したがっているのかが気になった。
「私の婚約者が来夢くんを気に入ってまして、あの子が悲しみで泣くようなことがあった場合は私も色々と考えますので………」
そこまで言ってから微笑んだ。
「脅しかね? 秀明様のことがあってから大野家は失速しているだろう? そんな君に何が出来るというんだ?」
なるほど。自分が上の立場だと思っているのか。
「それが分かった時には後悔することになると思いますよ。有栖川の取引先の殆どが大野の息がかかった所だということを忘れないで頂きたい」
「それはっ!」
「私は西園寺家を取り潰しにかかります。これは決定事項です。今更動けないというのなら、西園寺家の事情など分かることだけでも情報の提供をして欲しいと思っています。考える時間も必要でしょう。どうするか決まったらこちらに連絡をして下さい」
名刺の裏にスマホの番号をその場で書いた。
善三さんは来た時とは明らかに顔色が悪くなっている。
「もし、西園寺を守ろうとした場合は……?」
「残念ですが、有栖川家も一緒に沈むことになるでしょうね。奥様も大好きなブランド品を全て売ることになりますし、パートに出て働かなくてはならなくなるでしょう」
事がそんな大変なことになっているとは思っていなかったのか、奥様も急に顔色が悪くなった。
「西園寺と繋がることで資金を得ようとするのは間違いです。大さんの時は良かったが靖さんになってからは……これは善三さんの方がよく知っているでしょう?」
「しかし、来夢をというのは念書も書いてしまっている。もう取り返しがつかない」
引くに引けない状況とは、正にこの事か。
「とにかく、1度この先のことをよく考えて下さい。連絡をいただけなかった場合は……分かっていますね? 私はやると決めたら1歩も引きませんよ」
暗に西園寺家だけでは無く、有栖川家も潰すと宣言する。
「明くん、私は道を誤ったのかね?」
「それをきちんとご自分で考えて下さい。誰かの答えではなく、ご自分の答えを導き出して下さい。連絡ですが、半月、6月15日までにお願いします。なかった時はそれが答えだと結論付けますので」
「分かった」
ローテーブルに置かれた俺の名刺を凝視している姿は、もう答えを決めているようにも見えた。
通された応接室を出ると執事がすぐに寄ってきた。
「大野様、もうお帰りになられるのですか?」
もしかしたら夕飯まで一緒に食べることが善三さんの予定だったのかもしれない。
「えぇ、用事は済みましたので」
「そうでらっしゃいますか」
何か言いたげだが、執事として口を開かないのだろう。
「聞きたいことがあるのなら、聞いていいですよ。それと……弟の黎渡くんだったか? 君も隠れていないで、出てきたらどうかな?」
来夢くんの双子の弟とは思えない子が俺の前に出てきた。
「あんたは来夢のことを助けられるのか? あの変態から」
「黎渡様! この御方になんて口の聞き方をっ!」
「構わないよ。君は来夢くんのことが大切なんだね。俺もあの子が必死に守ろうとしている有栖川家を潰したくはない。善三さんには君からも西園寺家と縁を切るように進言してもらいたい」
質問の答えになってないと黎渡くんに睨まれる。
「来夢くんのことは絶対に守る。有栖川からの支援がなくてもそれに変わりはない。だが、お家取り潰しにはそれなりの時間がかかるんだ。西園寺家の内部情報があるとその時間がかなり短縮される」
「西園寺家のメイド……とは言っても少年だけど、知り合いがいる。ずっと西園寺家から出たいと考えているから、紹介するよ」
黎渡くんも来夢くんのことが大好きで大切なんだろう。
黎渡くんと連絡先を交換してから有栖川の家から出る。
ご両親も黎渡くんも来夢くんのことが大切なことは分かった。
だが、それを上手く伝えられていない。
有栖川の家を振り返って、大野家のようにならないでもらいたいと本気で思う。
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