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第379話.目を覚ました
こんなに土日になるのを楽しみにしたことは無かったかもしれない。
「ほら誠、急いで。次のバスに乗らないと」
「分かってるよ。これでも最大限に急いでるの!」
潤一と芹沼は部活があるから行けない。
来夢は最近塞ぎ込んでいる。どこまで踏み込んでいいのかが分からなくてちゃんと話せていない。
なんとか乗りたいバスに乗った。乗客は少ないから座って駅まで出られた。
病院に着いたのは面会の始まる時間だ。
面会だって分かるように、面会者カードを首から下げると静の病室に向かう。
目を覚ましたって聞いているけど、前のこともあるからまた眠っていないか心配になる。
「敦?」
「入ろうか」
ノックをしたら『どうぞ』と、ずっと聞きたかった声がした。
扉を開けると静は介護ベッドの背もたれを上げて座った状態で、こちらを見ている。
「「静!」」
ちゃんと目が開いてる。オレ達を見てる。夢じゃないよな?
誠は遠慮することなく静に抱きついた。
オレもそうしたかったけど、体力がまだ戻ってないだろうと思ったら直前で足を止めてしまった。
誠越しに見上げてくる静は、一年前と何も変わってない……いや、小さくなったかな………?
「敦も、誠も、心配かけて、ごめんね」
ゆっくりだけど、北海道の時よりも喋り方はスムーズだ。
「おかえり、静」
「ただいま。待っててくれて、ありがとう」
相変わらず表情は変わらない。
「何があっても待ってるって決めてたから。戻って来るって信じてたし………辛かったろ? 全て受け止めるから、みんなに甘えていいよ」
「敦は、この1年で、色々と成長、したんだね。格好良いよ」
静の言葉に誠がもぞもぞと動く。
「僕は変わってないね……」
「そんなこと、ないよ。誠も、芹沼くんと、付き合い、始めたんだ、よね? 綺麗になった」
誠が綺麗?!
言われてみたらちょっとだけ雰囲気は変わったような、気がしないでもない。
「ほえ? 僕が綺麗?! それはないよ。ないない」
恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯く誠は可愛い。
言った方も恥ずかしかったのか静もほのかに顔を赤くしている。
天使だな。うん。間違いない。
「あれ? 2人とも来てたんだ。静くん疲れてない?」
「2人が、来てくれて、嬉しくて、、疲れなんて、吹っ飛んで、無くなったよ」
殆どオレと誠が話しているのを聞いてもらっていたけど、もう少しゆっくり話した方が良かったかな?
「顔色も良いし問題は無いだろうけど、無理はしないこと。………あれ? 今日は来夢くんは一緒じゃないの?」
「拓海さん、来夢は塞ぎ込んでいて……最近は話も出来ていないんです」
静のメッセージビデオを見た日からだから、家で何かあったのか、その帰りに何かあったんだろうけど……。
どちらにせよ、気軽に聞けることではない。
「僕も来夢くんのことで気になることがあるの」
「誠も?」
「うん。僕がよく行ってたお店の店長さんが、来夢くんのストーカーみたいになってたでしょ? あの日に警察に連れて行かれたらしくて……。店長さんもお店を辞めたって連絡があったんだ。お店自体も閉めるって………」
誠は来夢に何かあったんじゃないかって考えてるんだろう。不安な気持ちを隠せていない。
「その店長って牧野ってやつだったよな?」
後ろを振り返ると明さんがいた。
「うん。牧野さん。逮捕はされてないんだって。でも、来夢くんには近づかないようにって警告したらしいよ」
「本物のストーカーだってことか………」
「その子って、後輩、なんだよね?」
そっか。連れて来た時はまだ目を覚ます前だったから、静は来夢のこと知らないのか。
「ああ、来夢はオレと誠の中学の時からの後輩だよ。許嫁がいるけど、変態オヤジで嫌だって言ってた。家のことも絡んでるらしくて、嫌でもその人の所に行かなきゃいけないって」
静は俯いて何かを考えてる。
もしかして嫌なことを思い出させちゃったかな………?
「敦、誠、その子のこと、明日連れて、来れる? 少し、話したい」
顔を上げた静は特に傷ついたような様子は無かったから、ホッとした。
「分かった。今日帰ったら話してみる」
「うん。お願いね」
やっぱり静は変わってない。
いつでも周りの人のことを考えてる。
帰り際に静をハグしたが、やっぱり前よりも小さくなったと思う。
少しずつ食事も始めてるらしいし、リハビリも始めるらしい。
夏休み前に学校の編入試験を受けられるようにしたいんだって!
もしかしたら期末テスト前に戻れるかもしれない。
元々聖凛はバリアフリーになっている。寮も裏口はバリアフリーで入れるようになっているから、車椅子でも問題ないはず。
静が本当に戻って来たんだって実感するのはそう遠くない未来だと思った。
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