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第381話.好きな人

「そこの椅子に、座って? 立ってたら、疲れる、でしょ?」 来夢くんは言われた通り椅子に座って僕を見る。 「まず、僕は可愛く、ないよ。可愛いのは、来夢くんの方、だから」 ここはちゃんと訂正しないとね。 少しハッとした顔をしたから、僕が可愛いと言われることが苦手だと、誠か敦に聞いていたのだろう。 「僕のことは、聞いた?」 「少しだけ」 「僕も、来夢くんのこと、少し聞いた。許嫁のとこ、行きたく、ないよね」 苦しそうな顔で首を横に振ってから俯いてしまった。 「聞いてるのは、僕だけ、だから……嘘は、つかなくて、いいよ」 バッと顔を上げて今にも泣きそうになりながら、来夢くんは話し始めた。 「行きたくないです。だけど、お父様の命令は絶対だから……夏休みには僕の全て奪われちゃう」 「僕は血の、繋がった、祖父に、何度も……そうなるって、分かってて、行ったけど、苦しくて、生きてることが、嫌になった」 長袖を捲って左腕を出す。 傷跡を見て来夢くんが息を飲むのが分かる。 傷をつけることは拓海さんも明さんも晴臣さんも吾妻も、それからサクさんもみんな怒る。 それでも傷つけることで気持ちが落ち着くから止められない。 「傷つけると、落ち着くんだ。駄目だって、分かってる、けど、、血が流れると、汚いものも、一緒に、無くなる、気がして……」 つい先日付けた傷がまだ生々しく残っている。 「ね、来夢くん。行きたくない、なら、許嫁の、こと、好きじゃ、ないなら、行かなくて、いい、方法を、考えよう。……あれは、好きな人、以外と、することじゃ、ないから」 「……好きな人………」 来夢くんの呟いた声を聞くと、誰かを思い浮かべているようだった。 「いるの? 好きな人」 驚いたように目を見開く来夢くんの様子を見れば、どう考えても、好きな人がいるとしか思えない。 「その人に、助けを、求めることは、出来ない?」 ぶんぶんと音がするかと思う程に首を横に振る。 「偶然会っただけだし、僕の気持ちも伝えてない。それに迷惑はかけたくないから。きっと色々と考えても僕があの人の所に行くことは避けられないです。この前もお父様に行きたくないって言ったけど、その場で却下されちゃったから………」 「来夢くん………」 「心配して頂いてありがとうございます。でも僕は大丈夫ですから」 弱々しい笑顔を見れば大丈夫では無いことは容易に分かる。 でも今日はこれ以上話しても無駄だろう。 「ひとつだけ、聞いても、いい?」 「何ですか?」 「夏休みに、行くのは、その人の家?」 「別荘って言ってました。海がすぐそばにあるところだって……確か、鎌倉っ………」 呟くように言ってから口に手を当てたから、言っちゃダメだと言われていたのだろう。 「え?! どこって………?」 聞こえたけど、聞こえなかったフリをした。 これで、助けられる可能性が増えた……はず。 あからさまにホッとして、だけどがっかりもしている。 来夢くん、傷つきに行く必要はないんだよ……?

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