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第382話.対極

来夢くんに連絡をしてもらったら、みんなすぐに戻って来ると言っていたらしい。 「あの、静先輩は好きな人いるんですか?」 「………うん。いるよ。だから、色々と、辛い……」 「その人って……」 来夢くんの質問の続きが容易に想像できる。 先生……鈴成さんに教えてもいいか聞きたいところだけど、まだ目を覚ましてから会っていない。 どうしようか考えていたらドアをノックする音がしたので、それに応える。 「どうぞ」 ドアが開いて入って来たのは、鈴成さんだった。 「兄貴に聞いてたけど、本当に目を覚ましたんだ」 「心配かけて、ごめんなさっ………」 「静っ」 気が付いたら鈴成さんにギュッと抱き締められていた。 「え?! 鈴先生?」 腕を鈴成さんの背中に回そうとして、来夢くん驚いたような声にその腕を下ろした。 鈴成さんにも聞こえているはずなのに、気にする素振りが全くない。 「もっと顔をちゃんと見せて」 両手で耳の辺りを持って、半強制的に目を合わせる。 大好きな人が目の前にいて、他のことが頭から抜けてしまう。 コツンと額と額が当たる。 「静」 「鈴成……さん」 キスしたい、なんて思ったら扉が勢いよく開いた。 「帰ったよー! え?! わぁっ! ごめんなさい。お邪魔しちゃった………?」 誠の慌てた声に、僕も慌てて鈴成さんから離れた。 視線をずらしたら来夢くんと目が合って、顔を真っ赤にしてるから僕まで恥ずかしくなる。 他の人がいる前で何しようとしてた……? 誠が来なかったらキスしてたかも………?! 途中から鈴成さんしか見えてなかったよ……… 「……邪魔なわけ、ないよ」 「誠、何でこういう時だけは足が速くなるんだ? あ、鈴先生来てたんだ。あれ? 何、この空気……」 「敦、あのね、入ってきた時、静と鈴先生がおでこコツンてしてたの」 誠はご丁寧に敦に説明をする。 それは後から来た長谷くんも芹沼くんも拓海さんも聞いていて、いたたまれなくなる。 「先生、事情を知らない来夢がいるんですから、自重して下さい」 「え、え、え? 静先輩と鈴先生は付き合ってるんですか?」 急に不安になって、鈴成さんのシャツを握り締める。 それに気が付いた鈴成さんが僕の手をさすってくれた。 見上げると『大丈夫』と微笑んでる、それだけで気持ちが落ち着く。 「あぁ、付き合ってるよ」 鈴成さんは躊躇うことなく、サラリとそう言った。 「すっごくお似合いです! あ、誰にも言わないので安心して下さい」 「来夢くん、ありがと、ね」 「静先輩、綺麗です」 「……え?! ない、よ」 綺麗、なんて今の僕の対極にある言葉だ。 「僕も綺麗だって思ったよ」 「オレも」 「やめて! 僕は、そんなんじゃ、ない」 鈴成さんが背中をさすってくれて、自分が声を荒らげたことに気がつく。 「……ごめん、なさい」 ギュッと爪が食い込むくらい拳を握り締める。 心配してくれるみんなの表情が暗くなってしまった。 申し訳なくて俯く。

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