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第400話.乗り越える

旅行に誘われて、しかも3泊と言われたらそういうこと込みだって考えない訳が無い。 「覚悟は、目が覚めた、時から、出来てる……かも」 「そのこと先生は知ってる?」 言ってないから知らないはず。 そう思って首を横に振る。 「だとすると、ちゃんと言わないとエッチなことはしないだろうなぁ」 そういうこと込みだって思って誘ったんじゃないってこと……? 「先生は静のこと凄く考えてて、嫌な事思い出すくらいなら何もしなくてもいいと思ってると思うんだ」 「僕は、先生に、嫌な事を、忘れさせて、欲しい、よ?」 まだ夢に見ることがある。あの行為を忘れたくても、鈴成さんとのことを思い出そうとしても、なかなか上手くいかない。 キスだけはたくさんしたから思い出すのは、鈴成さんの唇と舌だけになった。 全て上書きして、思い出すのは鈴成さんだけにしたい でもそんなことを言ったら重たいって思われないかな? 迷惑じゃないかな? 「自分の気持ちを素直に伝えるのは恥ずかしいだろ? オレもちゃんと言わなきゃって思うのに、なかなか言えない」 「敦も?」 敦は色んな経験が豊富で迷うことなんかないと思ってた。 「静がいなくなった日に潤一に抱かれて、凄く幸せだった。あの日、静も鈴先生に抱かれたんだろ?」 「うん。前も後ろも、触ったの、初めてで……だけど、気持ち良く、なった………でも、あの時は、秀明さんと、しなくちゃ、いけなく、なるって、分かってた、から、初めてを、全部、鈴成さんに、って」 頭の中は葛藤してた。 初めてを鈴成さんに捧げたい。だけど、その後は他の人の所に行かなきゃいけない。 差し出せるものは身体しかなくて、みんなに危害が与えられないようにって。 鈴成さんに抱かれて泣きたくなる程嬉しくて、それと同時に離れ離れにならないといけない悲しみに包まれた。 「たぶん、僕の身体は、変わって、しまった……」 「怖いよな? それを知られることは。でも案外気にしてなかったりするんだよ。今までよりもこれからの事を一緒にって思ってるから」 「本当に?」 そうは言っても、やっぱり気になると思う。 何も知らなかった時に戻れないことも分かってるけど。 秀明さんの所にいた時は週に1日だけ休みがあったけど、それ以外は毎日抱かれてた。 目を覚ましてからも身体があの時の熱を欲する時がある。 自分が酷く汚いものに思えてどうしようもなくなって、腕を傷つけてしまう。 「オレは殆どの初めては潤一じゃない人にあげちゃっただろ? それなのに潤一の初めては全部オレで……申し訳ないって思ってた。でも夢中でエッチなことしてると、そんなことは忘れちゃうんだよ。目の前の潤一しか見えなくなる。多分それでいいんじゃないかな。誰もが運命の人が初めての人にはならないと思うし……それまでにあったことはその人と一緒にいる為に必要なことだと思うから」 敦は家族のこともあったし初めても辛い思い出だけど、ちゃんと乗り越えているんだね。 1年しか経っていないとは思えない程、大人びた表情をする敦は……とても綺麗だ。 それに比べて自分は……いや、比べることでは無い。 僕もこの先鈴成さんと一緒にいるのなら、乗り越えなきゃいけない壁がたくさんある。 「敦」 「ん?」 今日は首から下げていた指輪を取り出す。 「この先、ずっと、鈴成さんと、いたいんだ」 「うん」 指輪を握り締める。 「乗り越え、られるかな?」 「大丈夫。不安なら鈴先生と一緒に乗り越えればいいだろ? もちろんオレだって手伝えることは何でもするし」 力強い言葉と笑顔に不思議と『出来る』と確信めいた気持ちになる。 「ありがとっ……」 「泣くことないだろ?」 キュッと抱き締められて、一回り大きくなった敦に安心感でいっぱいになる。 「オレも誠も、潤一も芹沼も、来夢もハル先生も、もちろん拓海さんも明さんも、晴臣さんも森さんも吾妻さんも、みんな静の味方だから。それに鈴先生は婚約者だろ? 何も怖いことはないよ。みんなに頼っていいんだ。みんな静の笑顔を見たいって思ってるから」 「敦っ」 僕も敦に抱きつく。 素敵な人達に囲まれて、なんて幸せ者なんだろう。 僕もみんなから頼られるような存在になれるように、頑張るよ!

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