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第402話.寮での生活
芹沼くんが出て行く時は笑顔で手を振っていた誠も、いなくなると寂しいようで、切ない顔をする。
あんな表情は初めて見た。誠もちゃんと恋をしてるんだなぁ……
「そろそろお夕飯だよね! 静は普通にご飯食べられるの? お粥とかじゃなくて平気?」
「量は、あまり、食べられない、けど、みんなと、同じで、大丈夫」
病院でも普通食になっていたから問題ないはず。
車椅子に乗るために立ち上がろうとしたら、長谷くんが難なく持ち上げてくれて、気が付いたら車椅子に座ってた。
「リハビリ以外は手伝うよ」
「ありがと」
「気にするな。力仕事は全部俺がするらしいからな」
さっきの敦と長谷くんのやり取りを思い出す。
まるで夫夫 みたいだった。2人の絆は強いものになったんだね。
「冗談だよ。オレだって手伝うし」
「分かってる」
長谷くんはふっと笑うと敦の頭を撫でる。
あんなに柔らかく笑ってたっけ……?
少しだけど怖い印象があったのが、嘘みたいに安心出来る雰囲気に変わってる。
きっと元々すごく優しい人なんだと思う。
僕の記憶が間違っていなければ、入寮の時、寮の大きい扉を開けてくれたのは長谷くんだった。
僕の中で『大きい人は怖い人』というのがあったから初めは怖くて仕方がなかった。
離れる直前も苦手意識は変わらなかったけど、今は全く怖くないし、苦手だとも思わない。
人に触られるのが苦手だったのも、克服できた気がする。
全く話もしたこと無い人はまだダメだと思うけど、自分が知っている人は大丈夫そうだ。
長谷くんが大丈夫だったのが、その証拠だろう。
食堂に行ったらクラスメイトのみんなが歓迎してくれた。
事故に遭ったことになっているから、車椅子なことも心配してくれて……。
本当は僕の事なんて忘れられてしまったと思っていた。
自分は目立つような生徒では無かったし、いなくなる前から空気のような存在だったから。
みんなが覚えていてくれた。それだけで嬉しかった。
食事はみんなの4分の1位の量は食べられた。
森さんから渡された薬を飲んで、敦達が食べ終わるのを待つ。
「本島が戻って来たってことは、今年の文化祭こそ、アレだよな!」
「だな! なんかさ、本島の奴……休む前より雰囲気がエロくなった気がするんだけど………」
「それな! 俺もそう思ってた」
途切れ途切れに聞こえてきた会話に自分の名前があった気がして、辺りを見回すがこちらを見ている人達はいなかった。
変な視線も感じなかったから水を飲んで気持ちを落ち着かせる。
色々なことに変に敏感になっている気がする。
食堂に鈴成さんが入って来た。
「ちょっとみんな聞いてくれ」
先生の一言で食堂の中に静けさが訪れる。
「もう気が付いていると思うが、本島くんが戻って来た。事故の影響で車椅子を使用している。困っているようなら助けてあげて欲しい。本島くん、こっちに来られるかい? 君からも一言お願いできるかな?」
鈴成さんの優しい眼差しに頷くと車椅子を動かす。
「静、押そうか?」
「敦、ありがとう。でも、大丈夫」
鈴成さんは隣まで行くと力強く頷いてくれた。
「1年、以上も、いなかった、のに、覚えていて、くれて、ありがとう、ございます……新1年生は、初めまして、本島、静です。色々と、迷惑を、かけてしまうと、思いますが、また、よろしく、お願い、します」
頭を下げたら拍手をしてくれた。
「おかえりー!」
「戻って来れてよかったなー!」
みんな温かい言葉をかけてくれて、とても嬉しい。
僕が席に戻ると鈴成さんがまた話し始めた。
「本島くんは元学年1位で、おそらくまた学年1位に戻ると思われる。新1年生も分からないことがあれば、談話室などで質問をするといいよ。もちろん俺も時間がある時はわかる範囲で教えるが………」
やっぱり鈴成さんは格好良いから恋をするような目で見られている。
僕のものだって言いたくなるなんて、駄目だって唇を噛む。
何を考えているんだろう、知られちゃいけない関係なのに………。
新1年生は可愛い子が多いから心配になってしまう。
訳の分からないものに嫉妬してるなんて、馬鹿げてる。
思わず左腕に爪を立てた。
「静、お部屋に戻ろう。デザートはお部屋で食べよう」
「だな。オレ達もそうするか?」
「ん。そうする」
みんなの声に我に返って腕から手を離す。
腕の傷が消える時は来るかな?
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