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第408話.短いデート
「鈴先生、歩くと距離あるのに、ごめんなさい」
ようやく『鈴先生』と呼ぶのも慣れてきた。
鈴成さんと呼びたくても学校でも外でも、そう呼ぶ訳にはいかない。
「謝らなくていいよ」
車椅子は電動で動くから鈴先生はすぐ隣を歩いている。
前を向いてないと危ないのは分かってるけど、隣の鈴先生を見上げる。
そうしたら目が合ってしまって、微笑まれた。
鈴成さんの笑顔は胸がキュンキュンして幸せだって感じる。
でも、僕は幸せを感じて良いのかなってすぐに疑問になる。
目を逸らして前を向く。
「リハビリは進んでる?」
「え? あ、はい。寮でも部屋の中では、車椅子を使わずに、いられるようになった、ので。旅行のときは、車椅子無しで行きたいから」
変装すれば手を繋いで歩くって言ってたの、覚えているかな………?
何度も頭を撫でてくれた僕よりも大きな手。
手を繋げるなんて、嬉しくてたまらない。
「そっか。でも無理だけはしないでくれよ」
頭を撫でられてまた嬉しくなる。
「はい」
伸びた髪の毛は来夢くんに貰ったゴムで1つにまとめている。
出来れば早く切りに行きたいけれど、車椅子の状態で行くのはお店にも迷惑がかかりそうで……。
問題なく歩けるようになったら行こうと思っているが、夏休みに入ってからかなぁ。
「もうすぐ期末試験だけど、大丈夫かな?」
「僕? みんな?」
「もちろん、みんな」
「殆ど試験勉強は終わってるから、たぶん……大丈夫だと思います」
帰って来てからはほぼ毎日一緒に勉強しているから、問題ないと思う。
「嬉しいんです。みんなといられること、学校で鈴先生に会えること」
周りには誰もいなくて、諒平さんの家までまだ少しあるから、思っていることを伝えたくて言葉にする。
1度帰って来ることを諦めたし、帰っては駄目だって思っていたけど………。
みんなが諦めた心をすくい上げてくれた。
鈴成さんの声が、手の感触が、唇の感触が生きようとする力を与えてくれた。
「大好きだから」
車椅子を止めて、鈴成さんを見上げる。
鈴成さんはカシカシと頭をかいて、溜め息を吐いた。
「あ……急に、ごめんなさい。迷惑ですよね」
「違うよ。可愛過ぎて今すぐ抱き締めて……キスしたくなる」
外だからか耳元で囁かれて、肩がピクっと動いてしまう。
囁かれた声はいつもよりも低い声で、格好良い。
「ほら、諒平さんの所に行くよ。パーティーの準備もあるだろ?」
スクっと立ち上がった鈴成さんは歩き始める。
僕も車椅子の電源を入れてすぐに並んだ。
駄目だなぁ。油断すると、鈴成さんへの想いが溢れて止まらなくなる。
諒平さんの家に着いたら、家の前に明さんと長谷くんと芹沼くんと風間先生がいた。
「え? 何で外で待ってたの?」
「車椅子ごと中に入るなら人手が必要かと思って」
「だいぶ歩けるように、なったから大丈夫、だよ」
車椅子から立ち上がって歩き始めるが、玄関に辿り着くまでにふらついてしまった。
「危ないっ!」
すぐ後ろにいたのか鈴成さんが後ろから抱き締めてきた。
「心配だから今日は運ばれて」
「ちょっと待って」
鈴成さんの運び方はいつもお姫様抱っこで恥ずかしい。
今日も僕の言葉は無視されてしまった。
暴れて階段から落ちたら大変だから大人しくする。
靴は脱いだけど、また姫抱っこで部屋の中まで運ばれてしまった。
「本当に静先輩と鈴先生ってお似合いですよね」
来夢くんの言葉に鈴先生に悪いって反論しようとしたのに、鈴成さんが先に話しかけてしまった。
「有栖川くん。ありがとう。だとしたら嬉しいよ」
ソファに下ろされて、すぐに諒平さんに話しかけられた。
「1番は静ちゃんよね。とりあえず採寸して、後でデザイン画を見てちょうだい。一応イメージでデザインを描いてみたから」
「分かりました。2階に行くの?」
「ほぼ裸がいいから、その方がいいわね。肩に担ぐから掴まってて」
まるで荷物のように2階に連れてこられた。
「下着だけになってね」
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