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第413話.奇跡を信じよう
「ソファがいいかな? 座って。アイスティー持って来たから、飲みながら話そうか」
「先輩、覚悟を決めてるのは本当です。こうなるって、もう、ずっと前から分かっていたので」
僕は覚悟を決めたという来夢くんのことを信じていない訳では無い。
「うん。僕も、秀明さんの所に、行く時には……覚悟を決めてたよ」
「ならっ!」
どうしてその事を話そうとするのか、それが分からないのだろう。
「覚悟を決めることが、諦めることになってない? 僕はそうなってた」
「だって……靖さんの所に行くことは決定事項で、覆すことなんて出来ない」
来夢くんは俯いて自分の手を見つめる。
「いくら覚悟を決めていても、好きでもない人に、抱かれるのは……死ぬより辛いかも、しれない」
来夢くんは口を挟むつもりは無いのか、何も言わない。
「僕はね、週に1日だけ休みが、あったけど、1年の間毎日抱かれてた。薬のせいで、みんなのことも忘れて、嫌だって思いながら、自分から体を差し出した、んだ」
肩がピクっと動く。ちゃんと聞いてくれてるね。
「抱かれることが、当たり前になって……心とは裏腹に体は、喜んでた。最低だよね」
頭を横に振る来夢くんは優しい。
「戻って来たらダメだって、思ってた。自分は汚くてみんなと、一緒にいる資格は無いって。………本当は今でも、そう思ってる」
「え?!」
「みんなの優しさに、甘えてる。特に、鈴先生に………」
喉が渇いて持って来たアイスティーを1口飲む。
「1年も違う人に、抱かれてた……なんて、普通だったら、許せないよ。それは分かってる。本当は怒って欲しい、のかもしれない。馬鹿野郎って………それなのに、殊更優しいんだ。抱き締めてくれて………余計に辛くなる」
いつの間にか目から涙が零れてる。
「きっと僕は誰も、知る人がいない所に、行った方が……みんなが幸せに、なれるんだってこと、分かってる。でも、僕は弱いから、離れられない」
「静先輩………」
来夢くんの声に我に返る。
僕の身の上話をしても意味なんてない。
「来夢くんに、僕と同じ気持ちに、なって欲しくない。こんなに苦しいのは、僕1人で十分だから」
「無理です。僕の未来はもう決まっているから。夏休みが終わって学校に帰って来たら、また仲良くしてくれますか?」
「それは勿論だよ。いつ、その人のところに行くの? 終業式の次の日?」
来夢くんの目は色を失っている。
「終業式当日の昼から……です。1度家に帰って準備したら最寄りの駅前に、靖さんが車で迎えに来ることになっています」
「終業式当日?! ということは、18日から?」
「そうなりますね」
思っていたよりも早い。
「好きな人は? 知っているの?」
「知る訳ありません! 連絡先の交換もしていないから」
やっぱり好きな人がいるんだ。
「あ……このことは、誰にも………」
「うん。好きな人がいることは、誰にも言わないよ。それと、僕には本音を、言っていいよ」
「静先輩!」
涙を浮かべて、キュッと僕のエプロンの裾を掴む。
「僕、行きたくない、です。先輩達と遊園地、行きたい、です。好きな人に、好きって……伝えたい。どうして……有栖川の家に、生まれて、しまったんだろう………」
「来夢くん。奇跡ってね、起こることが……偶にあるんだよ。僕が帰って来られた、のも……奇跡だから」
「僕には、起こりません」
僕はもう1度、来夢くんを抱き締めた。
「最後の最後まで、奇跡を信じよう。諦めることは、簡単だけど………僕は来夢くんに、奇跡を信じて、欲しい」
ほんの少しでいいから希望を持って欲しかった。
「でも……」
「なら、期末テストで、学年1位になれたら、奇跡を信じよう」
「そう、ですね。そんなことが起こったら、信じられるかもしれません」
一緒に勉強していて、来夢くんは力を発揮できれば文句なく1位をとれる実力があると感じていた。
絶対に助けたい。
明さんも晴臣さんも吾妻も動いているはずだ。
デッドラインが18日の夕方だと伝えなきゃ。
「静先輩。少し気持ちが楽になりました。僕も先輩が戻って来て嬉しいって思ってる1人です。急にいなくなったら怒りますから」
ぷうっと頬を膨らませる来夢くんの目は色を取り戻していた。
ただ、来夢くんに奇跡を信じて欲しかっただけ……それなのにいつの間にか僕が元気づけられてる。
僕の周りは素敵な人ばかりが集まってるね。
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