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第428話.慣れる訳ない
サンダルも履いて、下着もそのままにお店を出る。
外で待っていた長谷くんと芹沼くんの視線は僕を素通りしていく。
「あれ? 本島は? まだ店の中か?」
「やっぱり! 完璧な女装だよなぁ、潤一も芹沼も分からないなんて……なぁ、静」
急に話をふられて首を横に振る。
「完璧なんて、そんな訳ないよ」
「「え?!」」
2人にマジマジと見られてどうしていいか分からなくなる。
「長谷くんもヒロくんもすごく驚いてるね〜。静、可愛いでしょ? これならデートも問題ないよね」
「これが、本島?!」
「マジかよ……本物の女の子より可愛くないか……?」
そう言いながらも長谷くんは端に寄せていた車椅子を用意してくれる。
「これが浮かない顔の原因だったんだな」
「まさか、このままの格好で、外に出るとは…思わなかった」
車椅子に乗ってまた長谷くんに押してもらう。
スカートがふわふわしてるから手で押さえる。
「ねぇ、あの子可愛い! あのお店で服買ったのかな?」
「ちょっと寄ってみよう。私も髪の毛がもっと長かったら巻くんだけどなぁ」
女の子に注目されると申し訳なくなる。
「静先輩、どうして下を向くんですか? こんなに可愛くしてもらったんだから、堂々と前を向いて下さい」
「来夢くん……恥ずかしいよ」
「自分が1番可愛いって思うんです。そうしたら視線も気持ち良くなれますから」
来夢くんのように自信なんて持てない。
気持ち悪いって思ってる人だっているだろうし………
「あのー、その服ってどこで買ったんですか? ジャケットだけでも買いたくて……」
「え?」
急に声をかけられてどうしていいか分からずに、顔に熱が集まる。
「あ、急に声を掛けちゃってごめんね」
「すいません、先輩は恥ずかしがり屋さんなんです。お店はTomorrow Snowっていう所です。お姉さんならピンクのジャケットが似合うと思うな」
「Tomorrow Snowってずっと気になってたお店だわ……教えてくれてありがとう。ピンクってあまり着ないんだけど、試してみるね」
来夢くんと話しかけてきた女の人が笑顔で手を振り合ってる。
来夢くんもコミュニケーションスキルが高いんだ。
羨ましいなぁ
「静先輩は知らない人が苦手なんですね。誠先輩みたく誰彼構わずニコニコするのは考えものですが、微笑むだけでも結構円滑に進みますよ」
「来夢くん、僕のことバカにしてる?」
「そんな誠先輩が可愛いって話しです」
「来夢くんの方が可愛いよ! でも嬉しいなぁ」
ふにゃんと笑顔になる誠が可愛い。
可愛いって言われて素直に喜べる誠も羨ましい……
みんな僕が持っていないものを持っている。
自分も持ちたいとは思うけど、きっと無理だ。
キラキラとしているみんなと僕は住む世界が違うよね。
暗い気持ちに包まれそうになったら頭を撫でられた。
見上げると敦が溜め息をつく。
「また変なこと考えてる。静は静だろ。誰かと同じになる必要はないよ」
「敦……」
「オレはいつだって静の味方だし、どんな静だって大好きだから」
ひと回り大きくなった敦はドキッとするくらい格好良い。
「敦先輩がすっごいイケメンに見えます!」
「はあ? 何言ってるんだよ」
「敦、格好良いよ」
ふわんと胸が温かくなったから、多分微笑んでる。
「静! その格好で笑ったら可愛過ぎだろ!」
「それは、敦の目の錯覚でしょ?」
頭を抱える敦が可笑しくてクスクスと笑う。
あれ? 僕、今、ちゃんと笑った?!
口元に持っていった手を見つめる。
バッと顔を上げるとみんなが嬉しそうに僕を見ていた。
「静が笑ったね! こうやってみんなでお出かけをたくさんしたら、爆笑する日も近いかな?」
「本島が爆笑なんて、想像つかないぞ」
「えー? あ、ホントだ。前も爆笑したことないね」
誠と芹沼くんが顔を見合わせて笑う。
「着きましたね。まずは静先輩1人で入って下さい。女装の出来栄えのチェックです」
気が付いたら喫茶Rainの前まで来ていた。
車椅子を下りて歩いて扉を押した。
カランカラン
「いらっしゃいませ。お嬢さんは……初めてですね。お1人ですか?」
俯いていた顔を上げると、雨音さんの他にお客様がいた。
その人はこの前ライダースーツの人と一緒にいた可愛い人だった。
雨音さんはこちらを見て微笑んでる。これは女の子に対してのものだと思う。
「あの……待ち合わせ、で」
「ん? その声……静さんですか?!」
「あ……吾妻?!」
吾妻がいることは考えてなかったから、殊更驚いてしまった。
「え?! 静くんなの?」
「この前の車椅子の子? あれ? 甥っ子って……?」
正体が分かってしまい恥ずかしくてまた顔に熱が集まる。
「ちょっと、吾妻さん! ネタばらし早すぎるでしょ?」
「ね、ね、静、可愛いでしょ?」
「うるさくしてすいません」
「雨音さん、静先輩、女の子にしか見えないですよね?」
みんなが入って来て、一気に賑やかになる。
芹沼くんは最後に入って来て、みんなを少し遠くから見ている。
いつの間にか車椅子も芹沼くんが押していたみたい。
「可愛い!」
そんな中、声を上げたのはあの笑顔の可愛い人だった。
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