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第429話.可愛いの集合体

いつもの様に今日もお客様は多い訳ではない。 それでも見知った方も、初めての方も少しでも日常を忘れてリラックスして頂きたいと思う。 朝に来るお客様が帰られてランチの準備を始める。 サラダのドレッシングをカズくんに作ってもらおう。 「雨音さん、これ、もう少し混ぜた方がいいですか?」 「ん? あ、ここでやめて。あまり混ぜ過ぎると分離してしまうから」 カズくんがお店の手伝いをしてくれるから、好きな子と長い時間一緒にいられて本当に嬉しい。 静くんのことがあって、しばらくは笑顔もぎこちなかったが、今では昔の様に笑ってくれるようになった。 思わず頭を撫でてしまう。 「何?」 「なんでもないよ。カズくんはいつも可愛いなって思っただけ」 カズくんは言葉をストレートに伝えないと言いたいことの半分も分かってくれないことがある。 だからいつからか俺はカズくん限定で思ったことはそのまま声に出すことに決めている。 「雨音さんはいつも可愛いって言うけど、それアラフォーの俺に言う言葉じゃないと思う」 「俺はカズくんがいくつになっても可愛いって言うと思うよ」 「それって……いくつになっても一緒にいるってこと?」 途端に顔を赤くして見上げてくる。 あぁ、本当に可愛い! 「だって、結婚してくれるだろ?」 「あ……」 何も言わず小さく頷く。 このまま店を閉めてこの可愛い恋人を抱きたいと思うが、そういう訳にはいかない。 カランカラン 来客を知らせる音に今日ばかりは舌打ちをしたくなる。 カズくんの恋人から喫茶Rainのマスターに気持ちを切り替えてからカウンターに出る。 「あの、もう大丈夫ですか? 準備中ならまた後で来ますが」 お客様は洸大の恋人だった。 とても柔らかい印象の子だ。 「いえ、ランチの準備をしているので、紅茶でも飲んでお待ち下さい。今日は洸大は一緒ではないのですか?」 えっと、名前、名前、名前……… 記憶を辿る。 「今日は1人です。凄く素敵な所だったから……今度友達も一緒に来ていいですか?」 「もちろんですよ、楓さん」 「嬉しい。友達も気に入るだろうなぁ」 名前思い出した。少しホッとしながら紅茶をいれる。 茶葉を蒸らす時間とお湯の温度が重要で、 間違えると渋味ばかりで美味しくない。 「カウンターでお飲みになりますか?」 「準備の邪魔になりませんか?」 「大丈夫ですよ。ある程度は出来てますので」 今日はナポリタンとナシゴレンの予定にしている。 サラダとスープが出来ていれば、メインはその場で作るので、野菜を切る位しかすることもない。 カズくんが野菜の下準備をしてくれるので問題ないだろう。 「では、ここでいいですか? カウンター席に座るのもいいですね」 楓さんが紅茶を1口飲んだところでまた来客があった。 カランカラン 入って来たのは小さなお嬢さんで、初めてだと思うのだが……何か引っかかる。 「いらっしゃいませ。お嬢さんは……初めてですね。お1人ですか?」 下を向いていた顔を上げる。 とても可愛らしいお嬢さんで自然と頬が緩む。 「あの……待ち合わせ、で」 小さな声に聞き覚えがある気がした。 誰だ? と思っていたらカズくんの驚いた声が後ろから聞こえた。 「ん? その声……静さんですか?!」 「あ……吾妻?!」 驚いた表情で後ろのカズくんを見ているから、間違いないのだろうが……にわかに信じ難い。 それは楓さんも同じようだった。 「え?! 静くんなの?」 「この前の車椅子の子? あれ? 甥っ子って……?」 顔を真っ赤にして俯く静くんは美少女にしか見えない。 「ちょっと、吾妻さん! ネタばらし早すぎるでしょ?」 「ね、ね、静、可愛いでしょ?」 「うるさくしてすいません」 「雨音さん、静先輩、女の子にしか見えないですよね?」 敦くん、誠くん、来夢くんに……長谷くんと芹沼くんだったかな? みんなが口々に話しながら入って来た。 「可愛い!」 俺が声を発する前に、楓さんがふわりと微笑んでそう言うと椅子から立ち上がると静くんのそばまで行った。 「今日は車椅子じゃなくて大丈夫なの?」 「はい、だいぶ歩けるように、なったので」 「静、その人は知り合い?」 「この前、パーティの前に来た時に、ここでお会いして……バイクの人の恋人、ですよね?」 カズくんから聞いてたけど、静くんは人をよく見ているんだね。 「バイクってあの格好良いのか?! あー、そういえば凄い格好良い人いたな……可愛い人を連れてて………あっ、ホントだ。あの時の人だ」 敦くんに可愛いと言われて、今度は楓さんが顔を赤くする。 誠くんも来夢くんも可愛くて、可愛いの集合体だ。 今度晴臣が来た時にでも自慢しよう。

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