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第432話.こんな事って

『最後の最後まで、諦めないで』 静先輩の声が頭の中で鳴り響く。 「来夢?」 僕が入ろうとしないから靖さんは不機嫌な声と態度で僕を見る。 「……嫌です、入りたく、ない」 掴まれていた腕を跡が付くのではないかと思うほど強く握られる。 振りほどくだけの力は、ない。 「来夢、お前がここに来た意味は分かっているな? お前の態度次第では有栖川の家は無くなることになる」 そうだよ。僕1人の犠牲でお父様もお母様も黎渡も、有栖川で働いてくれている人も幸せになれるんだ。 「ごめんなさい、入ります」 「そうだね、いい子だ」 どこかでバリバリとバイクの音がするが、その音も止んだ。 何故だかその音が止んだと同時に涙が溢れた。 「泣くほど嬉しいか? たくさん可愛がってやるよ」 「ありがとう、ございます」 別荘の中に入ってドアが閉まった。 もう、逃げられない。 「ここはオートロックではないから、鍵を閉めなさい。出来るな?」 「はい」 手が震える。 鍵に手を置いたら、閉めたはずのドアが勢い良く開いた。 「え?」 目の前にいるのは黒のライダースーツにフルフェイスの人。 「なんだ? お前。強盗か? ここには金目のものは無いから、他を当たれ」 その人は靖さんの声は聞こえていないのか、それには全く反応せずに僕を抱き締めた。 知ってる……でも………ある訳ないよ 「ダ、イ、兄ちゃん?」 小さな声で言ったのに靖さんまで聞こえてしまったようだ。 「来夢!!! こちらに来なさい。お前も俺のものに触るなんて、ただで済むと思うなよ」 僕のせいでダイ兄ちゃんにまで危害を加えられるなんて……あっちゃいけない。 離れようとするけど、力が強くて離れない。 片手で僕を抱き締めたまま、フルフェイスを取るとやっぱりダイ兄ちゃんだった。 「扉が閉まった時は冷や汗をかいたよ。とにかく間に合って良かった」 「お願い、離して。行かないと………」 縋りたい気持ちは持っちゃダメ。 「来夢、俺の事を信じて」 「え?」 「大丈夫だから、一緒に戻ろう」 優しく微笑まれて頷きかける。 「来夢! 同じ事を何度も言わせるな!」 「……っ!……ごめんなさい! ダっ、榎本さん……僕は靖さんの所に行きます」 一瞬腕の力が抜けたから離れようとしたけど、今度は腕を掴まれた。 「そんなに悲しそうな顔をしてるのに、行かせられないよ」 今度は後ろから抱き締められて涙が出てきた。 目の前にいる靖さんの顔がどんどん険しくなってくるのが分かる。 それでも好きな人に抱き締められて嬉しく思う自分がいて……だんだんと訳が分からなくなる。 ドアが開いて誰かが入ってくるのが分かる。 「おいおい、時間を稼げとは言ったけど、来夢くんを取り合えとは言った覚えはないぞ? 大輝」 「明さんが遅いんですよ! で?」 「ああ、もう今頃ニュースにもなってるだろうな」 明さん??? え?! どういうこと? 「大野明か? なぜお前がここに?」 「靖さん、お久しぶりですね。あなたの会社は潰れましたよ。あなた自身も警察に拘束される。西園寺家も終わりですね」 靖さんの携帯が鳴る。 「私だ……何?! そんなことがあっていいと思っているのか?」 呆然と携帯を見つめるのを見ると、切られてしまったのかな? 「会社の人間も西園寺家にいる人間も、お前を助けようとする人は1人もいなかったよ。残念だが、有栖川を助けることも出来なくなったから来夢くんは返してもらう」 「でも、念書が………」 僕はずっとダイ兄ちゃんに抱き締められていて、周りを見回すことが出来ない。 それでもドアが開くのは分かる。 「来夢、それは破棄することにしたよ」 「お、お父様?! お願い、離して。逃げないから!」 ダイ兄ちゃんが腕を外してくれた。 すぐにお父様の前に行って深くお辞儀をする。 「どうしてお父様がここにいらっしゃるのですか? ご自分で見届けないと、僕が逃げ出すと思われたからですか?」 「そうでは無い。私の愛し方は間違っていたと気がついた。これからは来夢が笑顔でいられるように見守る事にした」 「え?」 信じられない思いでお父様を見たら、とても穏やかに微笑んでいる。 中学生になってから1度も見たことが無かった表情だ。 「何を勝手に話を進めている!」 「西園寺さん、私が間違っていたのだよ。有栖川の家よりも来夢の方が大切だと気が付くのに時間がかかってしまった。あなたの援助はいらない。もう二度と来夢にも近付かないでくれ」 そう言うとカバンから一枚の紙を取り出した。 「これはもういらない」 ビリビリに破かれた紙を見て靖さんは見るからに憔悴している。 「来夢、有栖川家を、みんなを助けようとしてくれてありがとな。もう自由になっていいよ」 お父様に頭を撫でられたのはいつ以来だろう。自然と涙が出てくる。 「警察が来る前に俺達も行こう。色々と面倒だからな。車はいっぱいだから、来夢くんは大輝のバイクに乗せてもらいなさい」 そんなに人数がいないって思っていたのに、車を見たら拓海さんもお母様も乗っていた。 愛されていないって思ってたけど、そんな事はなかったね。 「靖さん、さようなら」 振り向かずにそれだけ言ってダイ兄ちゃんと一緒に別荘を出た。 「来夢、後で話したい事がある」 「え? あ、うん」 バイクの後ろに乗って、落とされないようにダイ兄ちゃんの腰にしっかりと抱きついていたら、ドキドキし過ぎて心の中で『好き』って言っちゃった。 面と向かって言ったら迷惑なだけだから、心の中でならいいよね……?

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