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第435話.手腕

『これからの事を話し合いたい。来てもらいたい喫茶店があるんだが、隠れ家の様で見つけにくい。最寄りの駅まで迎えに行くから来てくれるか?』 明さんからの連絡があったのはあの日から1週間以上経った平日だった。 隠れ家の様な喫茶店と言われて、来夢と一緒に行った喫茶店を思い出した。 明さんに連れられて行ったのが正にその喫茶店で驚いた。 「あなたは、来夢くんと一緒に来られていた方ですね」 「えぇ、先日はどうも」 マスターの雨音さんに挨拶をする。 「来夢くんと一緒に来たのか?」 「ここで一緒にランチを食べました」 「今日はここを開ける予定はありませんので、ゆっくりして行ってください」 「え?」 そこまでして貰って良いものなのか、疑問に思う。 「新しいメニューを考える日、というのを月に1から2日程設けるようにしているんです。それがたまたま今日だっただけなので、お気になさらないで下さい」 穏やかに話す雨音さんはこちらまで穏やかにする力がある、不思議な人だ。 「そういう事なら」 「コーヒーと紅茶はどちらにされますか?」 「コーヒーでお願いします」 「でしたら、酸味がまろやかなタイプの新しい豆が手に入ったのでそちらを淹れますね。明さんと晴臣とカズくんのはこちらでチョイスしますね。少し暑いですから、アイスコーヒーにしますか?」 喫茶店の奥に向かって声をかける。 「俺はアイスコーヒーにする」 「んー、俺もアイスかな。雨音さんの淹れるアイスコーヒー、好きだから」 「俺もアイスにしてもらってもいいかな? 外は暑かったよ」 「えっと、ダイ兄ちゃん……は?」 まさかの呼ばれ方で吹き出してしまった。 「では、俺もアイスコーヒーをお願いします。自己紹介もせず、すみませんでした。榎本大輝といいます」 「榎本さん……ですか? あの、海外で成功された榎本グループの?」 まさか喫茶店のマスターが自分のことを知っているとは思わなかった。 「榎本家は大野家とも仲が良かったからな」 明さんにそう言われて、日本では有名だったのだと思う。 「父の会社です。俺は榎本とは関係の無い所で働いています。今は長い休暇中ですが」 「そうだったのですね。また色々と話を聞かせて下さい」 マスターとの会話が終わってここに来た理由を思い出した。 奥に進めば、来夢と座った席に2人の男性がいた。 「大輝、紹介するよ。こっちが晴臣」 「後藤晴臣です」 「で、こっちが一樹」 「吾妻一樹です」 「榎本大輝です。よろしくお願いします」 椅子に座るが、周りが全て年上となると少し居心地が悪い。 仕事においてもプライベートでもそういう事が多いのだが……… 「早速本題に入るよ」 「はい」 和気あいあいとした雰囲気が一瞬にして変わる。 「目的を確認する。それは来夢くんを助け出すことだ。それ以上でもそれ以下でもない。その為に、西園寺靖を失脚させる」 「えぇ、家ごとぶっ潰すってことですね」 「あぁ、そうなるな。西園寺家がある限り、あの男は何度でも同じことをするだろうからな」 明さんの言葉に引っかかって思わず繰り返す。 「同じこと……」 「大輝にも少し話したが、あいつは今までに何人もの未成年に手を出している。しかも圧力を掛けて事件にならないようにしているんだ」 来夢もその中の1人ということか?! 怒りという感情がふつふつと湧いてくる。 「これから色々な人から話を聞き、証拠を揃えて西園寺靖を家ごと葬り去りたい」 「具体的にどう動きますか?」 明さんはニヤリと笑う。 「大輝と一樹には西園寺家の少年メイドから話を聞いてきてもらう。もうアポは取った。靖さんの家での様子、どれだけの少年たちを連れ込んだかを聞いてきてくれ」 「防犯カメラとかもありそうですね。データを貰えないかも合わせて聞いてみます」 テキパキと意見を交換するのを見て、お互いを信頼し合っていると感じる。 「その少年が変態の相手をしているってことはないんですか?」 「大輝、ここでは変態でもいいが、話を聞く時は西園寺さんと言えよ? メイドの子が か? もしかしたらそれもあるかもしれないな」 「分かっています。何か証拠となるものを持っている可能性もありますね」 嫌なことを思い出させてしまうかもしれない。 だが、二の足を踏んでいる余裕はない。 家ごと葬り去るのには、余程の事が無ければ無理なのだ。 「俺と晴臣は西園寺コーポレーションの方で話を聞く。会社を潰した後の就職先を用意したから、何とかなると思う」 「何人分ですか?」 「ざっと600人くらい、でしたよね?」 「大野の息のかかった会社でも人材を探している所が多くてな。だが、それを用意するのに時間がかかってしまった」 それをたったの1週間で?! 自分もそれなりに仕事はできる方だと思っているが、明さんには適わない。 その明さんについて行けるこのお2人も凄い人なのだろう。 俺は足でまといにならない様に、とそう考えていた。

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