447 / 489
第443話.手を組む
偽名とはいえ、吉田と本名で呼ぶ訳にはいかない。
吉田との約束は午後3時。
場所は駅から近いチェーン店のカフェだが、入ってみると1つ1つの席が半個室になっていた。
おそらく金を渡されることを考慮してのことだろう。
病院を出る前に明さんに今日渡す金のことを聞いた。
「明さん、お金はいくら用意したんですか?」
「今日は見せ金だから、300万かな。もしも西園寺に渡した資料を渡して貰えるなら、引き換えに500万渡すと言う予定だよ」
「あんなやつに合計で800万も渡すんですか?!」
確かにその資料があると無いとでは、今後の進め方も変わると思われる。
それでもあんなゲス野郎にそんな大金を渡すのは………
「静に来夢くんを助けて欲しいと言われたからな。あの子の願いは叶えてやりたいんだ。酷く辛い思いをしたからね」
「分かりました。今回使ったお金は何年かかっても俺が返します。来夢の為のお金だから」
頭を撫でられた。
「気持ちだけでいいよ、と言いたいところだが……目を見れば本気だって事は分かる。大輝の好きにしたらいい」
明さんは金は渡すが、話は俺に任せると言ってくれた。信頼されていると感じるのはなんだかくすぐったい。
早めに着いた俺達は先に席に着く。
メールでどの席に座ったか伝えた。
返信はすぐにきたが、まだ向かっている最中ということだった。
席に座ってからは今回の事は話題にしなかった。
もしかしたら色々なところに盗聴器を仕掛けていて、こちらの会話を聞いている可能性もゼロではない。
話題はほとんどが俺の仕事についてだった。
3時20分頃、やつが来た。
「失礼するよ。あんたが榎本さん?」
「初めまして、榎本大輝です。あなたが吉野さんですか?」
「あぁ、吉野忠之だ。そっちのおっさんが金払いのいいパトロンか? いいねぇ」
静くんの話しでは礼儀正しいイケメンだと聞いていたが、礼儀正しいとは思えない。
イケメンは否定しないが、醸し出す雰囲気はゲス野郎そのものだった。
「俺は大野です。元探偵とお聞きしてたのでこんなに若いとは思ってもみませんでした」
「学生の頃から手伝ってたから。で、俺に話って何だ?」
ここで交渉決裂なんてことになったら悔やんでも悔やみ切れない。
慎重に。でも大胆に。
「今は西園寺さんの所で働いているのですよね?」
「あぁ、あのおっさんは金払いがいいからな」
「どうやってお知り合いになったんですか?」
吉田は少し黙ってジッと見てきた。
俺はそれを受け止めて絶対に目を逸らさなかった。
やつはふっと笑うと話し始めた。
どうやら少しは信用してくれたらしい。
「ネットだよ。ある掲示板で話しかけられたんだ。同じ様な趣味があると仲良くなるのも早くて」
その後は会いたいと言われて素性を調べたら金持ちだったから、雇って欲しいと自ら頼んだとの事だった。
「西園寺さんの所ではどんな仕事を?」
「隠しても仕方ないから言うが、あのおっさんは未成年の男が好きでね。主に中学生から高校生で、身体は小さい子を探して欲しいと言われたんだよ」
こんなに簡単に主の秘密を暴露していいものなのだろうか?
「その子達はどんな目に?」
「さあ、俺はおっさんの所までその子達を連れていくのが仕事だから、その後のことまでは知らない」
「俺達は西園寺を叩き潰したい。こちらに協力してくれないか?」
本音をさらせば吉田の眼光が鋭くなる。
「俺は雇い主も失うことになる。協力するメリットは?」
「まずは手付け金としてこれを。資料と証言を合わせて貰えるのならあと500用意する。それと、資料を見てからになるが再就職の手助けをさせてもらう」
明さんは躊躇うことなくお金を吉田の方に滑らせる。
後から出した用紙には一流企業の名前が連なっていた。
吉田はそれらを見て明らかにニヤリと笑った。
「分かった。全面的に協力しよう。資料はデータでもいいか?」
「ああ、もしも西園寺さんとのメールのやり取りなどもあれば、それも一緒に……」
「大丈夫だ。西園寺のおっさんとのやり取りは全てデータとして残してある」
今だけ、今だけは手を組む。
全てが終わったらお前も叩き潰してやるから、待ってろよ。
よろしくと笑顔の裏で、俺は決意を新たにしていた。
ともだちにシェアしよう!