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第450話.直球
「行こうか」
「はい。僕は普通に話せばいいんですよね? 本心が分かるように質問をしようとは思っていますが、攻撃的になったらごめんなさい。先に謝っておきます」
拓海はおそらく来夢くんのことしか考えていないのだろう。
靖さんは敵である訳だから仕方の無いことだ。
「拓海の好きなようにしたらいい。俺も止めるつもりはないよ」
俺の知っている大さんであれば……ずっとそう思っていたが、良く考えれば靖さんのしていることを揉み消していたのも大さんだったはずだ。
大さんから靖さんに話がいってしまえば、全ての計画も今までのみんなの努力も全て無駄になってしまうかもしれない………
それでもここで立ち止まる訳にもいかない。
全てを話した後どう行動するのかを決めるのは大さんなのだ。
靖さんが自宅として使っているのは西園寺の別宅だ。
今回俺達が訪れるのは西園寺の本宅だ。
純和風の邸宅を前にすると背筋が伸びる思いだ。
呼び鈴を鳴らすと女性の声がした。
『はい、どなたでしょうか?』
「3時に大さんと約束をしています、大野です」
『お伺いしております。どうぞお入りください』
「失礼致します」
玄関まで庭を通る。手入れは行き届いており清々しい。
玄関のドアに手をかけようとしたら、勝手に開いた。
「お待ちしておりました。大野様。……そちらの方は?」
「私の婚約者です。大さんにお会いすると話したら、どうしても自分も会いたいと申すもので……ご迷惑かと思いましたが、連れて来てしまいました」
「そうですか。……そう言えば、数ヶ月前にお坊ちゃんも婚約者の可愛い子を連れて来たんですよ」
お手伝いさんの長であるのだろう。
その人が来夢くんを連れて来たと言っている。
と、いうことは来夢くんは大さんとも会っていたのか………
大さんは年端もいかない来夢くんを見て何を思ったのだろうか。
客間に通された。
畳敷きの部屋だが直に座るのは難しいのか、大さんは椅子に座っていた。
「明くん、久しぶりだね。秀明さんは大変なことになってしまったが、君は元気そうで良かった」
「大さん、お久しぶりです。お会いできて嬉しいです。これは俺の婚約者で拓海といいます。勝手に連れて来てすみません」
「構わないよ。初めまして」
「初めまして、地迫拓海といいます。お会いできて光栄です」
大さんは笑顔から一転し、真面目な顔になる。
「今回2人がここに来たのは、靖のことだろ? あの子があんなに若い子を婚約者だと連れてきた時から、嫌な予感はしていたよ」
大さんはため息をついて俺の目を見つめてきた。
「お聞きしてもいいですか?」
「もちろんだ。何でも答えよう」
「大さんは靖さんのしていることを把握されていますか?」
「靖のしていること? 私が知っているのは仕事のことだけでプライベートなことは何も知らないが」
とぼけているようには見えないが、拓海は真実を知りたいようだ。
「それは本当ですか? 僕は心療内科医をしています。すべてもみ消されましたが、僕の所には靖さんから性的暴力を受けたという被害者がたくさん治療に来ているのですが」
うん、直球だな。
分かってはいたが初っ端からきたね。
「性的…暴力?! それは本当なのかい?」
信じられない、という顔をして大さんは俺の顔を見てきた。
「残念ながら。相手は全て未成年者です」
「あのバカ、よく弁護士に会いに来ると思っていたが、それが原因か。と、言うことは有栖川のところの来夢くんも無理矢理か……あの子はずっと助けて欲しい思っていると感じていたんだ。婚約者にしては全く笑顔も見せなかったからな」
大さんの正義感は変わりないと確信した俺は、会社のことも話すことに決めた。
「実は、それだけではないんです。会社の金もそうとう使い込んでいるようで……靖さんが社長になられてもう3年ですか。その間は粉飾決算をしている可能性が高い。藤岡さんはそれを全て被ろうとしています」
俺の言葉に大さんは目を見開いて、それから目を閉じた。
「藤岡が……私が靖を支えてやって欲しいと言ったのが間違えだったのか……」
「藤岡さんが裏帳簿なども管理しているようで、俺には預けて下さいませんでした」
「今すぐ連絡をして、ここに持って来させよう」
目の前で藤岡さんに電話をして、全ての帳簿の原本を持ってくるようにと大さんは指示を出した。
「30分ほどでここに来られるだろう。明くんは靖も西園寺コーポレーションもどちらも潰す予定なんだね。もちろんあんな息子でも私には可愛いが、人の道に外れることは何があっても許せない。私は傍観者になる……靖に告げ口もしない。来夢くんは……」
「それは安心して下さい。僕達が助け出します。必ず」
「そうか、お願いするよ」
「はい」
大さんは昔と全く変わらない人だった。
それが無性に嬉しい。
こんなに素敵な父親がいて、何をどうしたら息子があんな事になってしまうのか……不思議でならない。
藤岡さんは大さんの言った通り30分キッカリに全ての帳簿のデータが入ったUSBメモリを持って来た。
裏帳簿のみ紙の原本を持ってきてくれた。
こちらでまとめ直す必要も無いほど、その帳簿は完璧にまとめられていた。
「一昨日お会いした時に、こうなる事は分かっていました。大さまが全てを知って靖さまを許す訳が無いということは明白でしたので。それでも靖さまの支えになって欲しいと言われていたそれを無かったことには出来なかった」
「出来れば藤岡さんにも証言をして頂きたい。お願いできますか?」
「藤岡、お前には真実をねじ曲げるようなことはしてもらいたくない。明くんに協力して、真実を全て話しなさい。靖も会社も無くなっても私は痛くも痒くもない」
もちろんこれは強がりだ。
「大さま、会社が無くなってしまうのならまたあなたのそばに置いて頂けませんか?」
「藤岡?!」
「もう年ですし、再就職先はここにして欲しいのです」
藤岡さんは大さんを……?
今、見つめている目は単なる親愛だけではないと感じる。
「明くん、全ては任せたよ。我々のことは考えなくていい。私も靖には何も言わないと誓うよ」
「分かりました」
「拓海さんも悪かったね」
「いえ、被害に遭われた子達も、来夢くんも心のケアは僕が責任をもって対応させて頂きますので、安心して下さい」
俺と拓海は藤岡さんを残して西園寺家を後にした。
後は全ての資料をまとめるだけだ。
タイムリミットまで後5日
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