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第454話.歯がゆくてもどかしい
思った通り葉山に向けて車は走っている。
ベンツはどちらかと言うと白のイメージがあるが、西園寺のおっさんが乗っているのは黒のベンツだ。おそらく使用人に磨かせているのだろう。日に当たるとキラキラとしている。
そのお陰で見失うことも無さそうだ。
車を1台挟んで後ろから追う。
車の中で来夢が嫌な目に遭っていないか心配になるが、運転以外のことを考えていると事故を起こすリスクが高まってしまう。
来夢を助ける以前の問題になってしまっては元も子もない。
深呼吸をして気持ちを落ち着けると車に集中する。
見失うことも無く、高速も下りてカフェへと寄った。
自分も喉が乾いていたので2人がテラス席に行くのを確認してから、店内でアイスコーヒーを飲む。
この前寄ったカフェだったが、店員は俺の事を覚えてはいなかった。
夕陽が見られるカフェとしてそこそこ有名らしく、テラス席は恋人同士ばかりだった。
夕陽が沈む直前に先に外に出て、いつでも出発出来るように準備をする。
このまま別荘に行かれては時間が足りない。そう思っていたが次に向かったのはレストランだった。
葉山でも高級だと言われている所で、予約が無ければ入れない。
フルコースともなれば1時間半はかかるだろう。
俺は2人がレストランに入るのを確認してからバイクの燃料を入れるためにガソリンスタンドへ行き、明さんに連絡入れた。
「大輝か? やはり葉山だったか?」
「えぇ、今は高級レストランに行ってます。俺は入れないし、帰りの燃料が怪しいのでガソリンスタンドに来てます。逮捕状はどうなってますか?」
「そろそろだとは思うが、大樹には時間を稼いでいて欲しい。俺達もそちらに向けて出発する。警察から連絡が入り次第、俺もそこに乗り込むよ。頼むから殴り合いとかはするなよ。靖さんを文字通り傷付けると後が面倒だからな」
来夢を思うあまり暴走するなと言いたいのだろう。
分かっていると言いたいところだが、絶対にそうしないと言い切れる自信も無い。
なるべく西園寺のおっさんには近付かないようにしようと思う。
「明さんも事故ったりしないように安全運転で来て下さいね」
「来夢くんの両親も一緒だから、それは大丈夫だ。とにかく、時間稼ぎ頼むな」
「分かりました」
レストランの駐車場に止まるおっさんの車が見える所に移動した。
食事だけでも楽しんで欲しいと思うが、この後のことを考えたら……無理だろうな。
どこかに寄る度に乗り込んで来夢を連れ去りたいと思う。
自分になんの力も無いことが歯がゆくてもどかしい。
どうにもならないことを考えていたら、車に乗り込む2人が目に映る。
今回も車が動きどちらに向かうかを確認してから、その車を追う。
別荘地に入るとあまり近くを走行は出来ない。
一定の間隔をあけて後を追うが、曲がり角が多く見失った。
スマホで地点登録を調べようとしたら、スマホ自体が起動しない。
電池切れか?! こんな時に!
昨日の記憶を頼りに少しずつ進むが、バイクに乗ったままだと表札を見ずらいために、バイクを停める。
どこからか音が聞こえたと思い、走ってそっちに向かう。
表札に西園寺と書いてあることを横目で確認すると、ドアが閉まるのが見えた。
壊すつもりでドアを開ける。
「え?」
来夢が不思議そうな顔をして見上げている。
「なんだ? お前。強盗か? ここには金目のものは無いから、他を当たれ」
おっさんの声は右から左流れていく。
来夢の姿を見て安堵して抱き締めた。勝手に体が動いていた。
「ダ、イ、兄ちゃん?」
信じられないという来夢の呟きは俺の名前を呼んだ。
声を発していないのに俺だと分かってくれたことが嬉しくて腕に力が入る。
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