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第459話.胸に沁みる

長いキスが終わっても森さんは離れようとしない。 「あの……帰らなくて大丈夫なんですか?」 「晴臣は俺と一緒にいたくないの?」 拗ねたような声に思わず笑ってしまう。 「いたいに決まっています。でも、こんな近くにずっといたら俺の心臓が壊れちゃいます」 ドキドキしてるなんて生易しいものではなくない。バックバックしているのだ。 好きだと伝えて押し倒したいと言われ……森さんの匂いに包まれるなんて……… 思わず首筋辺りの匂いを嗅いでしまう。 「走って来たし、臭うか?」 「いえ、森さんの匂い……好きです」 顎に指が添えられてそのまま上を向かさせる。 「そういう可愛いこと言うと、襲うよ?」 こころなしか森さんの頬が赤くなっているように見える。 「ダメで……んぅっ……」 気がつけばまたキスをされていた。 さっきは頭が真っ白で、嬉しいけど何も考えられなかった。 森さんの唇はその薄さとは対照的に柔らかくて、ずっとこうしていたくなってしまう。 「晴臣、口開けて」 「え?………」 声を発するために開けた隙間から森さんの舌が入り込む。 俺の縮こまった舌を舌で優しく撫でられるようにされる。 だんだんと同じように動かすようになって濡れた音と、息を吸おうとする自分の呼吸の音しか聞こえなくなる。 恥ずかしくて顔を背けようにも、さっきみたく両頬を両手で包まれて固定されているから無理だった。 耳を触られても少しだけ擽ったいだけで何とも無かったのに、首を触られたらビクッと体が反応してしまった。 「首、気持ちいいの?」 「……んんっ……やっ………ぁっ………」 思わず力が入ってしまった腕が痛むが自分ではないような声が出てしまい、それどころではない。 「可愛い」 首を振ってから森さんを見たら微笑んでいて……すごく綺麗だって思った。 「……綺麗………」 吸い込まれるように近づいていって、唇が触れる直前に扉が開く音がした。 「晴臣! だ………あ………すまん」 慌てて森さんから離れる。 森さんはあからさまに溜め息をつくと、いつもよりも低い声を出す。 「吾妻くん、これで2度目だって分かってる? 前回はいいとして、今回はようやく晴臣からしてくれそうだったのに!」 「森さん! 何バラしてるんですか?! それにそれはさっきもしたじゃないですか!」 「晴臣、自分もバラしてるぞ? 思ったよりも元気そうだな」 雨音の言葉に顔がカッと熱くなる。 「一樹も、1人で突っ走るのはダメだろ? すみません、有馬さん。一樹もかなり心配していたので……許してやってください。お仕置きは有馬さんの分も俺がしておきますので」 「雨音さん?」 雨音と一樹の間の空気は甘ったるい。 静さんが学校に戻ったことが、一樹達にも俺達にも先に進む気持ちにさせてくれているのだろう。 「そう、だな。じゃあそれは雨音さんにお願いします。あ、多分ですけど今後あなたの弟になると思うので俺の事は森と呼んで下さい」 「ようやく認めたのか?」 雨音は森さんにではなく俺に聞いてくる。 「雨音から見たらもどかしかったろ? 自覚は結構前からしていたからな」 「ずっと頑なに羽織っていた鎧が森くんの前だと剥がれてたからな」 静さんに起こったことはあってはならない事だった。 でも、再会して静さんの周りの方々と繋がりをもったことが、自分を変えたと思っている。 それは人に踏み込まれたくないという鎧を自ら脱ぐ程の変化で、強さも優しさもいいところだなんて言ってくれる人にも出会えた。 この人になら情けない自分も弱い自分も見せていいと思える。 「雨音、一樹、心配してくれてありがとう。……2人に話さないといけないことがあるんだ」 「何だ?」 「どうした?」 森さんを見ると頷いて微笑んでくれた。 「俺、森さんと一緒にドイツに行くことにした」 「「え?」」 「俺の仕事は海外がメインだけど、1年の半分が海外であとの半分は日本になる予定だ。全く会えなくなるなんてことも無いし、海外の生活が合わないなら晴臣は日本にいてもいいって思ってるよ」 「晴臣が決めたのなら反対はしない。お前は語学も堪能だから問題ないよな。ただ、後藤の親父にはちゃんと話した方がいい」 「ああ、2人で挨拶に行かないと思ってる」 父親が世界的に有名な森さんを気に入らないということは無いだろうが、家を出る……ゆくゆくは後藤を名乗らなくなることを分かってもらえるだろうか……? 「晴臣、気に入って貰えるように俺も頑張るよ」 森さんに背中をさすられて不安な気持ちが消えていく。 「はい」 一樹がすぐ側まで来た。 「森さん、晴臣のことお願いします! 素直じゃない所も多いけど、いい奴で……俺の親友なんだ! 幸せにして欲しい」 「分かってるよ。絶対に幸せにする」 一樹の言葉が胸に沁みて思わず涙ぐむ。 「一樹も雨音と幸せになれよ」 「言われるまでもない。一樹の心配はいらないよ」 雨音と一樹と離れるのも辛い。 でも、森さんと一緒にいることが自分の幸せだと自覚した今、日本を離れることに不安はない。 面会時間ギリギリまでいた3人が一度に帰ってしまって1人になると、嬉しさも悲しさも合わさってよく分からない感情に支配される。 「雨音、一樹、ありがとう。森さん、これからよろしくお願いします」 呟いた言葉に涙が流れる。 それでも笑っている自分がいた。

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