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第461話.耐える

自分から挨拶をすると言ったが、善三おじさんに会うのも約8年ぶりで……しかも来夢と付き合うのを認めて欲しいなんて、緊張しない訳がない。 有栖川の家に入るのも久々だ。 応接室に入ると明さんと拓海さんもいた。 2人の顔が見えて緊張が解けるのが分かる。 「善三おじさん、おば様、お久しぶりです」 きっちりとお辞儀をする。 「先程は挨拶もせず、申し訳ありませんでした」 よく考えてみたら西園寺のおっさんの所で顔を合わせていたのだが、あの時は来夢のことしか見えていなかった。 「大輝くんもすっかり大人になったね。海外での活躍は私の耳にも入っているよ」 「父の、ですね。俺は父の元で働いている訳では無いですが、日本に戻ると父に話した時に善三おじさんに会いたいと言っていましたよ」 おじさんは懐かしそうな顔をして頷いている。 「私も優輝( ゆうき)に会いたいが、あいつは日本に帰って来ないのか?」 「確か8月に日本に行くと言っていましたよ」 「そうか! それは楽しみだ」 まるで恋人に会えると分かったかのような喜びように戸惑う。 「父に伝えておきます」 それでもその戸惑いは隠して微笑む。 「そうしてくれ」 会話がひと段落してしまい、沈黙が訪れる。 急に唇が乾くのが分かるほど緊張が戻ってくる。 「あの、私は先程来夢くんに好きだと告白をしました。来夢くんも同じ気持ちだと返事をしてくれて……お付き合いすることを認めて頂けますか?」 おじさんの眼光が急に鋭くなる。 「海外に恋人を残して来たとか、そういうことは無いか?」 「ありません」 「私が泣かせるようなことをしてきたのだということは重々承知の上でだが……悲しみに泣くようなことは無いようにしてもらいたい」 「もちろんです。大切にします」 「ん……では大輝くん、ちょっと2人で話そうか」 「……はい………」 来夢は不安気に見上げてくるが、大丈夫だと笑顔で頷いた。 おじさんについて行くと、書斎に通された。 ドアが閉まるといきなり頭を下げられた。 「え? 善三おじさん?!」 「大輝くん、来夢のことよろしく頼む。小さい頃から強く当たっていた事は自覚がある。それを跳ね除けられるくらい強い男になって欲しい……始めはそんな考えからだった」 顔を上げたら今にも泣きそうな顔をしている。 「大丈夫です。来夢は家族をとても大切に思っています。これから仲良くすればいいじゃないですか!」 「そうだな……では父親から一言だけ。あの子の嫌がることだけはしないでもらいたい。あの子ももう15だから色々と興味はあるだろうが」 これは……卒業までおあずけかな 「抱くなとは言わん」 「え?! いいんですか?」 「ただ、少しでも嫌がるようならそこで止まって欲しい」 生殺しか………! 「分かりました。来夢が嫌がることはしないと誓います」 「ん、これで安心できる」 おじさんはふーっと息を吐いて穏やかに微笑んだ。 「戻ろうか」 「はい」 書斎を出ると……そこには来夢がいた。 「お父様……大輝さん………」 「お許しが出たよ。改めて。来夢、俺と付き合ってくれるか?」 「はい!」 父親の前だというのに、来夢は俺に抱きついてきた。 「お父様! 夏休みの間に大輝さんと旅行に行ってもいいですか?」 「あ?」 おじさんの不機嫌そうな声に来夢はビクッと体を震わせて、上目遣いで泣きそうな声を出す。 「ダメ……ですか?」 「あ、いや……駄目じゃない。来夢が行きたいのなら連れて行って貰いなさい」 「本当ですか?」 泣きそうな顔から笑顔に変わって目が離せなくなる。 可愛くて、可愛くて仕方が無い。 「ああ、本当だ。大輝くん、さっきのことを忘れないでくれよ」 「分かっています」 「何ですか?」 「来夢は気にしなくていいよ。それよりも旅行を楽しみにしてて」 頭を撫でるとコクンと頷き嬉しそうにニコッとする。 来夢の笑顔が小さい頃に戻った様で嬉しくなる。 家族との確執もなくなり、西園寺のおっさんの事もなくなって色々と押さえつけられていたものが無くなったのだろう。 この笑顔を守ると決めた。 その為ならどんなことでも我慢出来る。 生殺しにだって……耐えてみせる おじさんと俺の心配とは裏腹に来夢は嬉しそうに寄り添ってくる。 それがあまりにも自然で今までも恋人がいたことがあると考えられた。 これだけ可愛いのだから仕方が無いと自分に言い聞かせる。 自分にも付き合った人が何人かいるのに、来夢の相手に嫉妬するのは身勝手だと分かっている。 恋は盲目だというけれど、まさか自分がそんな状態になるとは思っていなかった。 自分自身が可笑しくて自嘲気味に笑う。 「大輝さん?」 「何でもないよ。戻ろうか」 来夢には変な所は見せたくない。 いずれは全てをさらけ出したいが、今は少しでも格好良いと思って欲しい。 応接室に戻ると人が増えていた。 「静先輩?!」 「来夢くん、最後まで諦めなかったら、いいことあった、でしょ?」 「はい! でも、どうしてここに?」 「ルイくんを、連れて来たんだ。吾妻に託されたけど、急だったから……」 見回してみても吾妻さんはいない。 「静くん、吾妻さんは?」 「晴臣さんが、怪我をしたみたいで、病院に行きました」 ルイくんは来夢を見てお辞儀をしている。 来夢はたくさんの人に囲まれて、嫌なことも忘れて笑っている。 ずっとこんな日が続けばいいと、俺はまた見つめていた。

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