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第462話.英会話

吾妻から連絡が入ったのは夕方のことだった。 「静さん、すみません。ある人を預かって頂けませんか?」 「吾妻? 何があったの? 来夢くん絡み?」 「いえ、晴臣が吉田眞尋に刺されたらしくて……雨音さんと病院に行くことになって………」 晴臣さんが刺された? おそらく大事には至っていないだろうが、心配だ。 「預かって欲しい人、というのは?」 「ルイという子なんですが………」 「ルイくん……? 西園寺さんの、家にいたメイドくん?」 「どうしてそれを?」 「拓海さんから、話だけは電話で聞いてる。預かったらそのまま、来夢くんの家に向かうから、場所だけ教えて」 吾妻は何度も謝っていた。 小さい頃からずっと一緒にいる晴臣さんが刺されて慌てるのもわかる。 「それと、どういう状態なのか、必ず連絡を入れて?」 本当だったら僕も病院に駆けつけたい 駅で待ち合わせをしていたら、僕よりも小さい子を連れた吾妻と雨音さんが来た。 「静さん、すみません。有栖川家まで送れませんので気を付けて行ってください。あちらにも連絡は入れてあります」 「うん。分かった。ルイくん、初めまして。静といいます。明さんの甥です」 「おい?」 「うん、明さんは僕のお母さんのお兄さんなんだ」 「mama’s older brother?」 ルイくんの興味がこちらに向いたところで、吾妻と雨音さんは駅へと引き返して行った。 『ルイくんは英語の方が、話しやすい?』 英語で話しかけると驚いたのかこちらを見た…のだと思う。前髪で目は見えない。 『英語で話しかけてきたのはあなたが初めてです』 発音には訛りもなくてとても綺麗な英語だ。 『喫茶店で少し話を、してから行こうか?』 拓海さんからは養子に迎えたい子がいると聞いていたが、先程の様子では自分から吾妻達についてきたとは言えなさそうだ。 『話?』 『もし君が、明さんと拓海さんの所に、来るのなら、僕も一緒に暮らすことに、なるから』 『ご迷惑になりますので行きません』 『僕は弟が出来るみたいで嬉しいから、来て欲しいよ』 ルイくんは何か言いかけて止めた。 夕方とはいえ、熱気の残る空気に汗が滲む。 『とりあえず、涼しい所で話そう』 『はい』 手を繋ぐとキュッと握り締めてくる。 不安と戦っているようだった。 チェーン店のコーヒーショップに入って向かい合わせに座る。 店内は寒い位に冷房がきいているので、温かい紅茶にした。 『あの、静さんは僕が明さんや拓海さんと一緒にいてもいいんですか?』 『もちろん。勉強は僕が、教えるよ』 「怖い……です」 俯いて日本語を話す。 「幸せになること?」 「だって、1度知ってしまったら………」 テーブルの上にあった手を握る。 『その幸せがなくなることを、考えてる?』 『2人の本当の子供が出来たら邪魔になるでしょ?』 家族になる前に捨てられることを考えてしまうなんて……今までどんな辛いことに遭ってきたのだろう………… 『あの2人の本気を、疑わないで』 『え?』 パッと顔を上げると、少しだけ見えた目は綺麗なブルーアイだった。 『ルイくんの話を、聞いた時拓海さんは、 家族が増えるって、言ったんだよ』 『家族………』 『とても嬉しそうだったよ?』 悩んでいることが分かる。 『僕も幸せになることが、怖かった。でも友達とか、好きな人のおかげで、幸せになってもいいって、思えるようになったんだ』 『静さんが?』 信じられない様子だ。 兄弟になるのなら全てを知って貰った方がいいよね……? 『3年前に両親が、事故で死んだんだ。その後、上手く声が出せなくなって、いじめられて』 『いじめって叩かれたり?』 『そっちは無かったけど、言葉の暴力が酷かった』 心配してくれているのか握った手を握り返される。 『拓海さんと出会って、今までの医者とは、全く違くて……安心できた。今でも助けられてる。きっとルイくんとも、仲良くなれると思うよ………?』 『勉強……本当に教えて頂けますか?』 『教えるよ』 ルイくんは手を離して前髪をかきあげた。 吸い込まれるようなブルーアイに見つめられる。 「日本語はとても難しいです。話すのは何とかなりますが、読み書きは出来ません……それにたまに何と言えばいいのか分からないこともあります」 「僕も夏休みだし、家でたくさん勉強、出来るよ。後で明さんと拓海さんと、4人でちゃんと、話そうね。日本語が難しければ、英語でもいいよ。僕が通訳するから」 もしかしたら英語なら拓海さんも大丈夫かもしれないが、苦手だったら困るから……… スマホが鳴ってディスプレイに吾妻と出る。 「ちょっとごめんね……はい、吾妻? 晴臣さんは?………そっか。良かった。すぐに退院みたいだけど、明日、お見舞いに行くって、言っておいて。うん、うん。………来夢くんの家には、これから行く。………少し話をしただけ。……え? うん。とてもいい子だね。仲良くなりたいよ。……それじゃ、またね」 ルイくんを見たらもう前髪は戻っていた。 「前髪、ピンで止めてみる?」 「あとで……明さんと拓海さんとお話をする時に………」 少しだけ前向きな気持ちになれたかな?

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