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第468話.大切にしたい①

「じゃ、行こうか」 「あの……」 晴臣は目を彷徨わせる。 「どうした?」 「本当に……俺でいいんですか? 森さんにはもっと相応しっ…んんっ………」 出ようとした病室に戻って無理矢理唇で唇を塞ぐ。 気持ちが通じ合ったはずなのにまだそんなことを言うのか?! 「晴臣は俺の本気を本当には分かってない。今夜は嫌だって言っても離さないし、嫌って程俺の気持ちを受け取ってもらう」 ストレートに気持ちを伝えると恥ずかしそうに頬を赤らめて、伏し目がちになる。 身長差があまりないから表情は丸見えだ。 ボディガードが大変な仕事だとは分かっている。クライアントの言葉には理不尽でも従うことも。だから感情を隠すのが上手いのかもしれない。 いつも穏やかに笑っているのも、本来の晴臣なのか疑問に思っている。 『素の晴臣』を見てみたい。 俺はそんなことを考えながら自分が寝泊まりしているホテルに晴臣を連れて行った。 「良いホテルに泊まってますね」 「そうか? この奥のエレベーターでしか行けないから不便だよ」 最上階のスイートルームは奥にあるエレベーター内でカードキーをかざさないと、その階のボタンすら押せないようになっている。 先に部屋に入り、ドアを開けた状態で待つ。 腕を引いて部屋に入れても良かったが、晴臣自身でこの部屋に入って欲しいと思ったんだ。 声もかけなかったし、極力見ないようにもした。 この部屋に入るという行為は俺に抱かれることを了承したことになる。 入らずに帰ってしまうことも考えていた。 「お邪魔します」 晴臣は穏やかな声と共に殆ど躊躇うこともなく、入って来た。 ドアはオートロックだ。閉まったことを目の端で確認してからどんどんと窓まで進む晴臣を追いかける。 「やっぱりすごい眺めですね。もっと暗くなったら綺麗でしょうね」 「今日は見ている暇はないかも」 後ろから抱き締めると明らかに身体が強ばる。 「あの……森さん」 「ん?」 「俺は……こういうことするの初めてなんですっ!」 「うん、そうじゃないかと思ってた。俺は嬉しい」 「え? ……面倒じゃないですか?」 的外れな言葉に晴臣らしいと思う。 「どうして? 晴臣の初めての相手になれるなんて嬉しいよ……あ、間違えた。初めてで最後の相手ね。一生離さないから」 後ろから見ていても分かるほど赤くなってる。 可愛いなぁ 「俺はね。晴臣と一緒にこれからの人生を歩んで行きたい。本音も恥ずかしいところも……何もかもをさらけ出せるような関係になりたい。少しずつでも構わないから、敬語はやめないか? 同い年なんだし……」 「森さん、嬉しい。俺もあなたのそばにいたい。……でも、素の俺はつまらないと思うけどいいか?」 つまらないと思ったら、俺が晴臣を変えてやる。 そう言おうかと思ったけどやめた。 たぶんつまらないとは思わない。変えていくのも楽しいとしか思わないと分かるから………。 「どんな晴臣でも構わないよ」 嬉しそうに笑う晴臣の唇をキスで塞ぐ。 さっきのように奪う様にではなく、優しく、だけど大胆に。 首を指でなぞると少し力の入っていた唇が開く。 すかさず舌を隙間から入れると晴臣の舌に当たった。 頭ごと逃げようとするのは想定内だ。 舌を入れるのと同時に両手で頭を固定した。 全力で抵抗されてしまっては勝てる自信はない。 気持ちよくして抵抗する気力を奪うしか出来ることは無かった。 唇を離そうとしたら晴臣が追いかけてきてまた唇が重なった。 逃げようとしていた晴臣はいなくなったのかな……? 何度か啄むようにチュッチュッと音を立ててキスをしてからおでこにキスを落とす。 まつ毛が震えているのを至近距離から眺める。 ゆっくりと目を開けて目が合うと目があの時のようにトロンと蕩けてる。 今日は邪魔が入ることは無い。 「森さん……シャワー浴びてきても……いい?」 首を傾げる動作に心臓を握られたようになる。 「準備、手伝おうか?」 「拓海さんに色々と教わったから、1人で出来ます!」 「シャワールームは2箇所あるから、俺もシャワー浴びてくる。晴臣はここを使って」 寝室に備えられているシャワールームは自分が使うことにして、出入口のすぐそばにあるシャワールームのドアを開けて晴臣を誘導する。 「俺は強引だろ? 自分でも自分が抑えられないことがある。晴臣のことは大切にしたいって思ってる……でも、今日は優しく出来るか分からない。無理だと思ったら帰ってもいいよ。もう一度ゆっくり考えてくれ」 「………それでもいいと思ったら?」 晴臣は目を逸らさずに俺を見つめた。 「さっきの窓に向かって左を向くとドアが3つある。その一番右が寝室だ。俺はそこにいる」 「分かりました」 ふわりと笑ってシャワールームに入った晴臣はそのドアを閉めた。 寝室のシャワールームで水を浴びる。 昔から好きな人が出来ると猟奇的な考えや行動を起こしてしまう自分が、自分でも怖かった。 大切にしたいと思う反面、自分だけのものにする為に壊してしまいたくなる。 晴臣だけはそんなことをしたくない。 バスローブを羽織って寝室のベッドの端に座る。 髪からポタポタと水滴が落ちるのを眺めていた。 シャワーを浴び終わってからもう1時間になる。 晴臣は怖くなって帰ってしまったのだろう。 賢明な判断だ。 俺はまた大切な人を失うのか……… 髪の水滴はもう落ちなくなったのに、またポタポタととめどなく流れ落ちる。 自分が泣いていると気が付くのに時間がかかってしまった。

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