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第476話.モヤモヤ
善三おじさんに睨まれてしまったな。
昨日のことを思い出して苦笑する。
『来夢の嫌がることは絶対にしないともう一度約束してもらおうか』
虐待紛いのことをしていたとは思えないほどの親バカっぷりだ。
しかも来夢のお願いは断れない様だし……
昨日用意した荷物を持って車に乗せる。
普段なら助手席に乗せる荷物を後部座席に置くだけでも、口元が緩むのが分かる。
車を出す前に来夢にJOINを送る。
『これから迎えに行く。15分くらいで着くと思う』
すぐに既読になり返信がきた。
『待ってます』
連絡を待ってくれていたのかと思うと、本当に可愛くて愛しい。
どんな状況でも来夢が嫌がったらそこで止める。
それが今回の旅行を許してもらう条件だ。
俺だって泣かせたい訳じゃない。
でも旅行の話をしていてもずっと変わらずにニコニコしていたのを見ると、やっぱり恋人がいたことがあるんじゃないかと思う。
前にも思ったが、あれだけ可愛いのだから周りだって放っておく訳が無い。
自分のことを棚上げしておいてなんだが、見たこともない奴に嫉妬してしまう。
迎えに行く途中で事故なんて嫌だから運転に集中する。
有栖川邸の門の前に来夢は荷物を持って待っていた。
停車して、1度車から降りる。
「おはよう、来夢」
「おはよう、ダイ兄ちゃん。お父様が今日は挨拶とかいらないって。楽しんで来なさいって言ってくれたよ」
善三おじさんに『信頼しているよ』と釘を刺されたようだ。
「そっか。なぁ来夢」
「どうしたの?」
「やっぱりその服似合ってるな。可愛いよ」
「え?……本当に? 昨日ダイ兄ちゃんが選んでくれたから……嬉しいな」
少し恥ずかしそうに笑う姿に抱き締めたくなるが、グッと堪える。
ここでそんな事をしたら善三おじさんが走って来そうで……想像しただけで恐ろしい。
いや、本当にそれをされたら笑ってしまいそうだが。
「荷物かして。来夢は助手席に乗って」
「はーい」
助手席に乗り込む来夢を見て1つ息を吐く。
来夢は分かっているのだろうか?
服をプレゼントするというのは、それを脱がしたいというのが込みだということを……
そんなことを思いながら来夢の荷物も後部座席に置いて、自分も車に乗る。
「この車ではタバコは吸ったこと無かったはずだけど大丈夫か?」
「全くにおいもしないし大丈夫」
「良かった。それじゃあ行こうか」
車を発進させる。
しばらく走らせて高速に乗ると来夢が遠慮がちに話しかけてきた。
「ダイ兄ちゃん、どこに行くの?」
「軽井沢の別荘に行こうかと思って。緑に囲まれた良い所で日本に帰ってからしばらくはあそこにいたんだ。近くに美味しいパン屋とかカフェがあってね……もしも別荘が嫌なら近くのホテルとかに泊まってもいいし」
別荘と聞いて変態オヤジのことを思い出させてしまったかと思ったら、そうでもないようだ。
「森の中にあるの? へぇ、楽しみだなぁ」
声も変わりないし変に緊張している様子もない。
こうしてどこかに泊まりに行くのも初めてではないのかもしれない。
また見たこともない奴に嫉妬する。
モヤモヤが胸の中に溜まっていく。
朝早かったからランチは軽井沢に着いてからだった。
「来夢はパン屋とカフェどっちがいい?」
「悩むなぁ。どちらも気になるから」
「明日のランチにもう片方に行けばいいから、より気になる方にしよう」
「じゃあパン屋さんかな。僕もパン作り、好きだから」
へへっと笑う来夢が可愛くて思わず頭を撫でる。
「今度来夢が作ったパンを食べたいな」
触りまくりたい気持ちを押し込めて手を離す。
「分かった。今度ダイ兄ちゃんの為だけに作るね」
「待ってるよ」
俺の為だけに……思わずジーンとする。
そこまで遠くなかったのですぐにパン屋に着く。
駐車場は3台分しかないが、運良く1台分が空いていた。
店内に入るとパンのいい香りがする。
「うわぁ、美味しそうなパンがたくさんある! へぇ、クリームパンがオススメなんだ」
来夢は嬉しそうに1つ1つ値札に書いてある説明を読んでいる。
「あら大輝くん、また来てくれたの? 今日はずいぶん可愛い子を連れてるのね。彼女?」
「男の子ですけど、恋人です」
「ごめんね、あまりに可愛いから」
そうか。やっぱり誰の目から見ても来夢は可愛いんだな。
「本当に可愛くて仕方ないんです」
「まぁ……ごちそうさま。いつもの通りコーヒー入れるわね。サンドイッチもパニーニも出来るけどどうする?」
「少し待ってください……来夢」
「はい。何ですか?」
「サンドイッチとかパニーニとかもあるんだが……」
パァァっと表情が明るくなる。
「どんなのがあるんですか?」
「サンドイッチはたまご、ツナ、ポテトサラダ、カツサンド。パニーニはハムとチーズしかないのよ」
おばさんは申し訳なさそうな顔をする。
「僕はたまごとポテトサラダのサンドイッチとパニーニ……それとこのクリームパンで!」
「あら、大輝くんがいつも選ぶのと同じものね。飲み物はどうする? コーヒー、紅茶、緑茶なら用意できるけど」
「紅茶でお願いします」
「分かったわ。大輝くんは……」
「いつもので」
いつも通りとても美味しかった。
ランチを終えて別荘に向かう。
途中から森のような道を運転し緑のトンネルを進む。
「本当に森みたい」
「ここの区画は家と家の間が広く取られているから特にそう感じるのかもしれないな」
ひとつの別荘の門から車で入る。
玄関横のスペースに車を停めて降りてから、荷物を後部座席から取る。
「大きいですね……」
「そうかな? 入ろう」
「はい」
管理人さんに午前中に空気の入れ替えだけしてもらったから、変に淀んでもなく快適に過ごせそうだ。
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