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ーーもうすぐ春だというのに相変わらず風は冷たくてかじかむ手をポケットに入れて家路を急いだ
別に遅かろうが誰に迷惑をかけるわけでもないけれど、どこに行っても帰りを急いでしまうのは昔からのクセだ
もうあの部屋に自分の帰りを待つ子犬はいないのに......
「ただいま」
誰に言うわけでもなく呟いてため息をつく
するとそれは真っ暗な部屋を一人彷徨い自分の耳に返ってくる
まるで部屋の中を探し歩いてまた現実を突きつけられたみたいだ
”もうここにユウがいないということ”
こんなことを凝りもせず毎日思い続けることに苦笑して無造作に鍵をテーブルに投げる
ミツルは電気もつけず、上着も脱がないまま、寝室へ直行した
一人になればわざわざ食事を作る気にもなれなくて、そうなると食べる気にもならなくてそのままベットに倒れこむように身を沈める
瞼を閉じれば嫌でも浮かんでくる姿を追い払うことはできなくて何もない天井に手を伸ばした
むろんそこには何もなくて真っ暗な闇だけが続いている
幻でもいいから会いたくて、夢でいいから抱きしめたくて空を掴むように手を握った
それが叶わないことだと分かっているから余計にそれだけを考えてしまう
「ユウ....今何してる?」
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