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ユウと椎名

「ゔ...」 ゆっくりと意識が戻っていく感覚 頭が痛い...体も重い.... ゆっくり目を開けてみる 部屋は薄暗くなっていて、誰の話声もしなかった 「.....?」 誰もいないのか....体はまだ動かない、だけど眼球だけは動かすことができた それにしても体が重い.... ゆっくり体のほうに目を動かしてみる するとそこに髪の毛が見えた ユウの頭がなぜか自分の胸元に見える 「あ....れ..?」 体がひどく重く感じたのはユウが自分の上に頭をのせて寝ていたからだった 彼はいないのか...? 記憶を失う前のことを思い出そうとすると、こめかみが痛んだ 徐々に指先から感覚が戻って来ると椎名はユウの髪に触れてみた 薄茶色のふわりとした髪に触れるとユウはピクリと動いてゆっくり目を開けた 「ユウ....くん?」 名前を呼ぶと目をこすりながら起き上がって椎名の顔をのぞきこんでくる 体全体に覆いかぶさるようにして覗き込むから顔がすごく近かった 何も言わずただパチパチと瞬きを繰り返すだけ....それでも心配してくれているのが伝わってくるようだった 「彼は...いないの?」 薄暗い部屋を見渡しても彼の姿は見当たらない ユウは指をくわえて首をかしげる仕草を見せた ユウの目は真っ赤に充血してその周りは擦ったように腫れて見える 「どうしたの...?目が真っ赤...また痛いこと...された?」 目元に触れてユウに聞いてみたけれどやはり返ってくる答えはなかった 「話はできないのかな...?何か分かることはある?」 じっと見つめるだけで何も答えない だめか..... あきらめようとしたときふと思い出した 倒れる前、ユウは窓の外に向かって何か自分に訴えていた 一生懸命、何かを伝えようとして指を指していたんだっけ.... 「ねぇ...外に何が見えたの?」 できるだけゆっくり話しかける 寝室の窓を指差して「なにを見たの?」ともう一度言ったみた さっきは彼が帰ってきてしまって時間がなかった だけど今はいないみたいだし、時間をかければもしかしたら何か話すかもしれない 体はほぼ動かせるようになり、椎名が上半身を起こすと、ユウは誰に言われるまでもなく、椎名の膝に座った 彼のいない部屋でよく知りもしない男の膝に乗るなんて... 自分が気を失っていた時も抱きついて横になっていた 寂しいのかな...椎名はそう思う ここには彼しかいない ずっと彼と二人きりで彼のいうことだけを聞いて生きている 彼がいなくなってしまうと、途端に一人が強調されてしまう だから彼が帰って来るのを待つ日々が余計にユウの彼に対しての依存性を高めてしまうのだろう 「ユウくん...?」 ユウは椎名の質問に対して下を向いたまま指遊びをしだした 「答えないけれど下を向く」 それは分かってはいるけど答えたくない...そういうことではないだろうか.... 目を合わせないのは、見透かされるのが怖いから 現にユウは彼に聞かれた時、青い顔で何もないと首を横に振ったではないか 「ユウくん....こっち向いて?」 相変わらず両手には手錠がしっかり残っていて抱きしめてあげることはできないけれど頭に触れることはできる 椎名がユウの頭の上に両手をかざしたとき、ユウはギュッと目をつむって体をこわばらせた それはいわゆる条件反射的なもの 殴られることが多いと本能が自分を守ろうと勝手に動いてしまう それはユウがここでどんな生活をしているのかを現しているのと同じことだった

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