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知らない世界

「ほら、ばんざいして?」 腕を上げて下から一気に服を脱がせる 一枚しかないシャツはやせたユウの体を簡単にすり抜けてその体を露わにした さっきまで眠りの狭間にいたはずなのに今はもうすっかり冷めてしまっていた なぜなら抱えられて連れてこられたのはバスルーム ここはユウが最も苦手な場所だった 脱衣所に足を入れるだけで胸がドキンと音を立てる 服を脱がされて一つ胸が鳴って、腕を掴まれてまた一つ胸が鳴る それは次第にドキドキと連続して聞こえるようになり身体が重くなって固まってしまう 足がどうしても動かないのだ それを分かっている彼はここから逃げ出したがっているユウの心ごと簡単に抱え上げてバスルームへと連れて行く バスタブに湯が満たされていれば恐怖して無ければ無いで別の恐怖がユウを襲う そのころ動悸はドキドキを通り越してまるで太鼓が鳴るようにドコドコと脈を打ち鳴らす 狭いバスルームは逃げ場がなくて、悲鳴をあげる自分の声が反響してまたさらに恐ろしくなる あれはいつだったか...もうずっと前 その日はひどく冷える日だった 体はすでに傷だらけであちこち血が滲んでいる 引きずられて連れて来られたバスルーム 床に足を踏ん張るなんて無駄な抵抗もむなしく髪を掴まれてバスタブの縁におでこをしたたか打ち付けられた 彼はひどく冷えるその日、ユウに真水を浴びせて執拗に傷口をごしごしと擦って洗った 痛みと凍える寒さでガタガタと震える体に気のすむまで水を浴びせた後、ユウを脱衣所に裸のまま放置した 冷え切ってビショビショの体 ユウは自分で拭くことも着替えることもできずにただそこに立っていた 髪からポタリと冷たい雫が首筋に流れるたびに泣きたくなった バスルームの摺りガラスごしに映る彼の影を追いかけて、一人お風呂に浸かりながら歌う鼻歌を聞いていた 冷たく震えが止まらない手を握りしめて凍えた唇がこれ以上震えないように噛みしめてずっとずっと待っていた それから一時間くらいしてやっとバスルームの扉が開いた時、彼はユウを見るなりこう言った 「あぁ...忘れてた」 忘れられるのは怖い ここにはいいことなんて一つもなくて、この小さな空間にはありったけの恐怖が詰まっていた

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