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知らない世界

「おいで」 にっこり笑う彼に手を引かれてバスルームに足を一歩踏み入れた オレンジ色のぼんやりした灯り 足の裏にひんやりしたタイルの感触 背中に脂汗がじゅわっと浮かんだ むわっとした蒸気が顔に当たって立ちくらみがする ふらついた頭をブンブンとふって顔を上げるとバスルームに掲げてある鏡の自分と目があった そこに映るやせ細った身体 顔には片目の周りを囲む大きな痣 真っ白な体には赤と青と黒の大きな痣があちこちに模様みたいに浮かんでいた 「....?」 それとは対照的な彼の大きくて広い背中を目の前にユウは無意識に首をかしげていた 全然ちがうなぁ...と思った 彼はとっても大きくてなんて自分は小さいの? もうこれ以上大きくはならないのかな... でもそれならそれでいいのかもしれないとも思った 小さければずっと抱っこしてもらえる どうせならもっと小さくてなって そうだ、あのもらったぬいぐるみと同じくらい小さくなって... それで...えっと...それでね... ずっと握っていてもらうの それでどこに行くのも連れて行ってもらうの ずっとずっと一緒にいるの 煙草の入っている胸ポケットに入れてもらえるようにお願いしてみるの ちゃんと言葉で言えるようにいっぱいいっぱい頑張るの バスタブには湯が張ってあり、それを見た瞬間にユウの喉がヒュッ息を吸いこんだ 体の奥底から鼓動が小さく鳴りだし、体中を駆け巡り耳に届いた時にはうるさいくらいに大きくなっていた 彼は怖がるユウをバスタブの縁に座らせて傷口が痛まないようにゆっくり体にシャワーをかけていく 強く目をつぶっていたユウが恐る恐る瞼をあげると目の前に心配そうにのぞきこむ彼の姿があった 「痛い?どっかしみる?」 痛いと思ったものが心地よくて冷たいと思ったものが暖かい こんなのは初めてだった だからユウには今自分になにが起きてるのか、彼が自分になにをしてくれてるのかすぐには理解できなかった 彼はユウの腕に浮かぶ痣を見つけると徐にそこに唇をよせた 彼の濡れた髪が腕の内側に触れてくすぐったい 「早く良くなりますように」 わざとチュッと音が鳴るように啄んだ

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