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大事な名前

「それはシャツ」 「それは時計」 ペタっと触るたびにその物の名前を答える 「それはリモコン...お前そんなの知りたいの?」 それでも笑いながら彼はその手が触れるものの名前を教えてあげる 手を引いてキッチンまで行くとユウは目についたものをペタペタさわる 触っては彼を見上げて教えてもらってニコニコする 「それはコップ」 「それは危ないからダメ」 コンロに手を出し伸ばした時は身体ごと引かれて止められた 抱きかかえて大きな冷蔵庫の前、興味新々に開けてもらうのを待っている 冷気がひんやりと顔に当たるとユウは不思議そうな顔で中をのぞきこんだ 「ユウの好きなプリン」 「...あ」 「先生、こんなんで本当に意味あんの?」 ユウを抱いたまま彼は椎名に向かっていった キッチンカウンターから覗くその顔は半信半疑であった 「いいんだよ、それがそういうものだって分かっていけば、一回で覚えられるはずないんだから」 名前と物が=で結ばれるように理解するのは難しい 根気強く教える事が1番だと椎名は言った ユウが彼の胸のシャツを引っ張って上目遣いにジッと見つめる 「だからシャツだってば」 これは何度めだったっけ... もう何度も言って聞かせている ユウはその都度納得したような顔をしたり首を傾げたりしながら他の物に興味をみせる そして思い出したようにまた彼のシャツに縋り付くのだ 何度教えてもしゃべらないし、同じ事聞いてくるし これを毎日やるのかと思うとさすがにげんなりした そんな二人の様子を見ながら椎名はあることに気づいた 「ひょっとして...君の名前をきいてるんじゃない?」 ユウの目線の先にはいつも彼がいる 「は?」 「ね、ユウくん、彼の名前知ってる?」 椎名が駆け寄ってユウに言った 「?」 首をかしげるユウに椎名は続けてこういった 「君の大好きな人の名前を教えてあげるよ」

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