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アキラが姿を見せなくなってからも俺は変わらずベランダにいた
いてもいなくても俺の生活は変わらない、変える必要なんてないんだから
不自然に出てこなくなったけれど、物音はするし引っ越したわけでもなさそうだった
俺の好きな静かな時間が戻ってきただけだ
だけどほんの少しだけ気になったことがあった
それは微かだけれど隣から男の低い声が聞こえることだった
それでも俺には関係ない、あれは別世界の話だ
アキラがいなくなってから2週間...ぐらいして、俺がいつものように夜中にベランダに出ていた時だった
「お兄ちゃん!!」
たった2週間、だけどひどく懐かしく感じる声がした
「久しぶりじゃん、死んでるかと思ってた」
軽く笑って俺は隣をのぞきこんでアキラを見た
「お前...」
俺はそれを見て絶句した
アキラの顔は今までの青あざなんて目じゃないくらい腫れ上がり唇には渇いた血がこびりついていた
「ひでぇ顔してる、大丈夫かよ」
アキラは俺と目が合うとなんだか恥ずかしそうにうつむいた
「母親は...また出かけてんの?」
「う...うん...パパと一緒」
「パパ?」
「...この間からパパの人」
最近聞こえてきた男の声はそれか...すべて合点がいった
ベランダに来れなくなったのは新しい男が現れてアキラをこんな姿に変えたからか
母親は見てみぬふりかあるいは一緒にか...
こいつこのまま死ぬんじゃねぇの?
もうそんな姿になってまでママを求めるのはもうやめれば?
俺は深くため息をついてアキラに言った
「お前さ...逃げ出せば?」
「え...」
「どっか逃げ出せば?きっと誰か大人が助けてくれるだろ」
助けるのはあくまで俺じゃない
だけど一度知り合ってしまったんだからこのまま死んでしまったらなんだか後味悪いだろ
それだけだ...こいつがかわいそうだからなんかじゃない
「で...でも...」
「何とかなんだろ、死にたくねぇなら今すぐそこから逃げるこった」
「お兄ちゃんは?」
それはアキラからのSOS
”お兄ちゃんが助けてくれないの?”
いつの間にアキラはこんなに俺に懐いてたんだっけ
ただベランダで話を聞いてやっただけ
腹がへってるからたまに餌を投げ込んで相手をしてやっただけなのに
「無理、お前が思ってるほど俺は大人じゃねーんだよ」
未成年の俺にできることなんて何もない
だけどアキラは肩を震わせながら何度も首を横に振った
ギュッと握りしめた手は揺るがない意思の表れだった
「だ...だめ...だってポチがいるもん!置いていけない」
「あほか...犬と自分とどっちが大事なんだよ!!」
ここにきてもポチの話を持ち出すアキラにイライラしてつい声を荒げてしまう
アキラは思いのほか大きかった俺の声に驚いてパチパチと瞬きをした
俺なに熱くなってんだろ...バカみたい
呆けたアキラの顔を見て一瞬にして上がった熱が冷めていく
「ちっ...もういいよ」
冷静さを取り戻すためにまたタバコに火をつける俺をアキラは不思議そうに眺めて首をかしげる
そして血のにじんだ唇をぽかんと開けてこういった
「お兄ちゃん何いってるの?ポチは僕の弟だよ?」
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