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ママが名前をつけたポチはとってもかわいい弟で
泣かない、喋らない、とってもおりこうなワンちゃんだとアキラは言った
「てか...話がわかんねーんだけど、犬なの?人間なの?」
「えっと...だから」
アキラの話は行ったり来たり、二転三転しながら進んで的を得ない
学校にも行かず他人と会話するもほとんどないからなのかこいつの話はいつもわかりづらい
けれどあり得るのだろうか...本当に弟がいるのならアキラより小さいはずの子供が泣き声一つあげず気配さえ消していられるのだろうか
こいつ殴られすぎておかしくなったんじゃねぇの?
「本当にいんの?お前それが実はぬいぐるみとかって言うなよな」
あしらうように笑うとアキラは拗ねるように頬を膨らませる
「本当だもん、ポチがいるから僕はさみしくないんだよ」
「そうかよ、それはよかったな」
「僕が守ってあげるんだ、もう少し大きくなったらお兄ちゃんにも見せてあげるね」
「....」
こんな会話をベランダでしておきながらやはりアキラの家からは物音ひとつ聞こえてこない
すると真っ暗の中で夜空を見上げながらふとアキラはそこに手を伸ばす
「見てみて!星が掴めそう!」
身を乗り出して寄りかかるから老いた柵が軋んで音を立てた
「落ちても知らねーから」
吐き捨てるように言った俺を気にすることなく今度は伸ばした両掌を合わせてブツブツ言いながら拝みだした
「今度はなんだよ」
「明日もいい日になりますように!!」
えへへっと笑って夜空を見上げたアキラの吐く息が白く浮かんでは消えていく
ねぇ...お前にとっていい日ってどんなの?
ずっと待っているのに受け入れてもらえない気分てどんな感じ?
思わず聞いてしまいそうなほどアキラの笑顔は無邪気だった
「そろそろお兄ちゃん寝る?」
アキラに言われて腕時計を見ると帰宅してから2時間も経っていた
いつの間にか時間が経つのも忘れていた
「そうだな、じゃーな」
いつものように簡単に別れを告げて部屋に戻ろうと窓に手をかけた時、不意にアキラが声をかけた
「お兄ちゃん」
横を向いても防火扉に阻まれて姿は見えない
けれど確実に感じるアキラの気配に向かって俺は答える
「なんだよ」
「ううん!なんでもない、また明日ね!」
その声はいつもと変わらない元気すぎる声だった
”また明日ね”
俺はそれに答えたんだっけ....
それは未だに思い出せない
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