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「つーかいーかげん、しゃべんねーの?」 俺とポチの二人だけの生活が始まった といってもポチは部屋の隅っこで無表情でどっか見つめてるだけの人形...なんてかわいいもんじゃなくてただの置物だった するのは呼吸と瞬きだけで、時が過ぎるのをただ待っている...そんな感じだった 用意した飯も食わないし、水も飲まない かと思うと俺がバイトに行っている間に放っておいた飯が少しだけ減っている 誰かがそばにいる間は動かないらしい もしかしたらアキラが親のいない間だけポチを箱から出して食べさせたり遊ばせたりしていたのかもしれない だから実際はこいつが話せるのか、歩けるのか、聞こえているのかそれすらわからない ポチの生態は謎だらけだった ーーーその日の居酒屋のバイトは珍しく客が少なかった バイト仲間たちは稀な休息にここぞとばかりに雑談に花を咲かせていた その中の一人の女の子が俺に話しかけてきた 「ねぇ、みつるくんはペット飼ってる?」 「いや...」 暇だとこんな風に話しかけられて困る、どうせなら忙しく働いて何も考えないでいたい 人に話を合わせるのは嫌い、興味のない人間と興味のない話ほど辛いものはない そんなことを思っているとも知らずにその子はポケットから携帯を取り出した 「うち子犬を飼い始めたんだけど、見てよ!!」 顔の目の前まで持ってこられた画面には大事そうに抱えられた小さな子犬が映っている すると俺とその子を取り囲むようにほかのバイト連中も話に加わってきた 「きゃぁ、めっちゃかわいい!!」 「みせて!みせて!名前は?」 そこからはもうみんなが自分の飼っているペットを褒めあいながらの自慢大会が始まってしまった ワイワイ話をしている中で俺はそっと輪の中から外れていく みんなで馴れ合うのは性に合わないし、そんな犬より1人でいるポチの方が気がかりだった みんなが自分のペットの名前を言い合っているときに俺はあることに気付いて考え込んだ ポチ...そうだ名前 ポチなんかよりもっといい名前をつけよう 前の飼い主がつけたダサい名前じゃなくてもっといい名前を俺がつけよう 普段あまり会話もしないバイト仲間が初めて役に立ったような気になった 「やっぱりさ、ペットって癒されるよね!人に優しくなれるよね!」 「あはは!分かる分かる!」 みんなは口々にそう言っていた そうなんだ...子犬を飼うと人に優しくなれるんだ... 俺はその日、バイトが終わるとすぐに走って帰って着替えもせずにさっそくポチの前に座った 「今日からおまえの名前、ユウにする」 俺がバイト中にいろいろ考えた名前は”ユウ”だった ユウは優しいのユウ 俺の唯一の欠点、誰もが持っていて俺だけが持っていない心の部品 相変わらず何の反応もしないユウの手のひらをつかんで人差し指で”優”の漢字を書いてやった 「今日からユウって呼んだら返事して?あとバイト終わったら出迎えて?」 ユウは俺がいない間は寝ているのかもしれないけど帰ってくるといつも目が開いていてどっか遠くを見つめている まったくの置物状態のユウには難しいかもしれないけれどせめて呼んだら目線ぐらい合わせてほしかった ”おかえり”と言わなくても玄関先ぐらいまで来てくれてもいいんじゃないかと思った 期待しないふりをしながら俺は何度もユウに言い続けた

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