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「先生にお願いがあるんだけど...」
ミツルは言いにくそうに躊躇いながら椎名に言った
「もう少し...ここに居てくれない?」
それは決して許されることではない
連れてきて拘束して...今さら何を言ってるんだ、ムシが良すぎると言われるに決まっている
そう思うと言えなくて...けれど椎名からユウの様子を聞かされた今なら言えるかもしれないとミツルは勇気を振り絞った
椎名にとってはそんなことをする義理はない
最初は手錠でつながれていたけれどその拘束も早くに解かれてここに居なければいけない理由もない
それなのに二人の事が気がかりで放っておくことができなくて自らここに留まってしまっている
すべてを知ってしまった今、一体自分はどうするべきか....それは椎名自身深く考えていたことだった
このまま二人だけにするのは危険すぎる....選択は残るか残らないかの二つに一つ
「ダメかな...勝手なこと言ってるって分かってるんだけど...俺、先生がいてくれたら大丈夫だと思う」
そう頼み込んだミツルの目は不安で染まり今にも溢れてしまいそうだった
切羽詰まって助けてほしいと訴える彼を拒むことは椎名にはできそうにない
それにここを出ても椎名はきっとこの二人が気になって自ら戻ってきてしまうのだろう
どうせなら最後まで見届けてみようとさえ思える
たとえそれが自分の職業を失うことになったとしても
それでなくももう自分には精神科医などは続けられそうにない
こんな風に人の気持ちに感情移入して流されて自分を見失ってしまうような人間ができる仕事ではないからだ
だけどこの二人だけは見放したくない
どうか幸せになってほしい...その幸せの手助けが少しでも自分にできたら本望なんじゃないかな
そう思うと必然的に答えは一つだった
「君がそう望むならそうしよう」
椎名が意を決してうなづくとミツルは大げさに声を上げて目を見開いた
「ホント!?本当に?!いいの!?」
「うん。だけどそれにはいろいろやらないといけない事があるよ」
喜ぶに彼に向って椎名は今度は真顔で現実的な話をし始めた
ここに来てから椎名はユウと一歩も外に出ず職場にも連絡一つしないままの無断欠勤だった
もう何か月も過ぎているからきっと診ていた患者には後任の医師が充てられているだろう
おそらく解雇だろうから新たに仕事も探さなくてはいけない
今までずっと帰っていなかった自宅をどうするか...
一度ここから帰ってやらないといけないことがたくさんあった
それともう一つ
それはユウに人間らしい生活を送らせること
身なりや言語といったことももちろんだけれどミツルの話からするとおそらく戸籍もないのだろう
そういった事務的なものもここに残ると決めた以上やらなくてはいけないことだ
最後まで見届けるということはそういうことだと椎名は思う
ミツルの望む”このまま”というものは簡単ではないのだ
彼は椎名の言葉にうんうんと何度も頷いて現実を受け入れていた
「大丈夫かな...誰かにユウの事取られたりしない?」
ミツルは弱弱しくそう呟いてため息をついた
「大丈夫だよ!そういうこと詳しい人に聞いて調べてみるから...僕を信じて?」
椎名がそういうとミツルはコクンと小さくうなづいた
まるで”信じなきゃ”と無理やり言い聞かせているみたいだった
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