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二人きりー椎名ー
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久しぶりの外の景色と匂い、そして肌にあたる風の感触
「本当に...帰ってきたんだな」
椎名は一人つぶやいて家まで小走りに向っていった
ほんの数か月なのにもう何年も何十年も外に出ていないような感覚だった
彼の家で過ごした数か月は今までのどんな日々よりも濃厚で濃密だった気がする
もうすぐ自分の住んでいたアパートが見えるところまで来た時、ふと近くの公園が目に入った
今日は平日の昼間
小さな子供と母親らしき人が何組か砂場や遊具で遊んでいる
キャッキャッしながら無邪気に走り回るのを見るとなんだかユウくんみたいだな...と思った
だけど1つだけ違うことがある
あの子はこんな風に母親に手を引かれることもなく家の中でのみ存在することを許された少年
外の世界を知らなければそれを疑問に思うことすらない
すると公園の子供たちの前に雀が飛んできて足元に降り立った
人慣れしているのか逃げることもせず落ちている木の実をつついている
小さな四角い窓からしか見たことがない小鳥が、本当はどんな風に動いてどんな声で鳴いてどんな手触りなのかを教えてあげたい
「早く帰ろう」
そうだ、僕にはやることがある
椎名はそう思うとさっきよりも急ぐようにアパートまで走っていった
角を上がりアパートが目の前に見えた時、なんだか途端に泣きそうになった
自分が帰ってきたことを改めて実感した
むき出しの階段を上がり部屋の前に立つと扉の郵便受けには自分宛ての郵便物がこれでもかというくらいぎゅうぎゅうに詰まっていた
引き抜くのも大変な量の郵便物を両手でつかんで無理やり引っ張った
それを抱えながら鍵を差し込みノブを回す
安っぽい扉のこすれる音がして久しぶりに帰った我が家は数ヶ月前と同じ姿で椎名を出迎えてくれた
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