196 / 445

16

「あれ?確か洗濯してあったはずなんだけどな...」 ミツルは首をかしげながらユウをタオルで拭いていた 濡れた身体を拭いてくれる手は思っているより優しくてユウは疲れ果てたその身を任せていた 髪をわしゃわしゃと拭かれているとなんだか錯覚してしまいそうになる 顔を上げたら元通りなんじゃないかなって... 「もういいよ」って言ってくれるんじゃないかなって... 拭き終えると彼は腰の抜けた少年を抱え上げてリビングまで連れて行き「ちょっと待っててね」とその場に残して離れていった 「洗い替えがなくて...これで我慢してね」 しばらくして戻ってきた彼の手にはユウに着せるための服が握られていた それは彼が普段よく着ていたシャツだった 少し大きいシャツを羽織らされてふわりとした肌触りと甘い匂いがユウを包み込んだ よれた襟を丁寧に直す指が首筋に触れてくすぐったい 「ちょっと大きいけど似合うね、かわいい」 「...っ」 終始怒っているのに急に優しくなったり...ミツルの態度は目まぐるしくコロコロと変わって、ユウ の頭の中はぐちゃぐちゃになっていく 戸惑いながら顔を上げるとふと彼の肩越しに棚が見えた それはキッチンの大きな棚でその一番上に犬とペンギンのぬいぐるみが仲良くちょこんと並んでいた そこは取り上げられたモノが置かれる場所 おいしいお菓子もお気に入りのなにもかもみんなそこへ置かれてしまう そこへ置かれると見えているのに届かなくてもう二度と触らせてはもらえない それを見たユウは心の何かがストンと落ちていくのを感じた そうか...そうなんだ... ものすごく遠くに感じるぬいぐるみを見上げながらユウはやっとすべてを理解した あれはもう二度と触ることはできなくて、もう彼は自分を許してくれないということを... ミツルはユウに着せたシャツのボタンを一つ留めて 「お前は本当にバカだ」と言った そして二番目のボタンを止めながらまた一つ言葉を投げかける 「お前なんか拾わなければよかった」 そうやってボタンを一つ一つ留めるたびに冷たい言葉を吐いた 言葉を知らないユウでも理解できるようにゆっくりとできるだけ分かりやすく言葉を選んで聞かせていく 愛を囁くような甘い声で投げつける冷たい言葉は確実にユウの心を抉っていく 「お前なんか消えちゃえばいいのに」 「お前なんか要らない」 ミツルの言葉を聞きながらユウは心の中で消え入りそうな声で答える うん...うん...うん... 分かったの...分かったから 分かってるから...もうそれ以上言わないで? 「お前なんか大っ嫌いだ」 自分でもこんな自分は嫌いなの そうだよね...こんな自分が好きになってもらえるわけないよね 心が締め付けられて苦しくて...今までのどんな痛いことよりも痛かった 「はい、じゃあ、部屋にもどろうか」 ミツルはいつもと変わりない口調でユウをあの部屋に連れて行く ユウはヨロヨロしながら、けれど何の抵抗もせず素直についていった 真っ暗の部屋に入れられても振り返ることはできなかった ガチャンと閉まる音がして完全に一人きりになってしまったユウは呆然とそこに立ち尽くしていた 小さな四角い月明りだけが唯一この部屋にあるもので他には何もなかった 着せられたシャツはまるで彼に抱かれているような気になれた いい匂い...目眩がするほど大好きな彼の匂い 長すぎる袖を鼻に擦りつけて一層強く吸い込んで確認する あぁ...本当にひとりぼっちなんだ... するとユウの目から急に大粒の雫がボタリと落ちた 今までずっと何をされても流れなかった涙が今になって頬を伝う それはユウがすべてを理解した証 現実は容赦なくをユウを傷つけて無理やりすべてを受け入れさせた 「ふっ....」 分かりたくなった...夢だと思っていたかった こんな現実は要らなかった...でも本当に要らなかったのは... 彼が要らないと言ったのは紛れもなく”自分”だった やだ....やだ....いやだ... 悲痛な叫びが身体の内側を引き裂くように溢れ出す 「うぅ....うわぁぁぁぁぁん!!」 ユウは初めてこの部屋で大きな声を上げて泣いた

ともだちにシェアしよう!