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19--椎名ーー
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昔ながらの古ぼけたソファに腰をかけながらぼんやりと外を眺めていた
多くない客入りのこの喫茶店は昔から愛用している馴染みの店だ
一人で切り盛りしているマスターも昔に比べてずいぶん白髪が増えた
彼が丁寧に入れてくれるコーヒーはどこの店よりも勝っていて飲むたびに心が救われる気がする
まだ自分が学生時代の時はうんと高い年齢層に気後れしていたがこのどこか懐かしい独特の雰囲気と立ち上るコーヒーの匂いを嗅ぐたびに自分が少し大人になれた気がした
だから今日待ち合わせの場所をここにしたのは落ち着いて話ができると思ったからだ
誰に聞かれるわけでもないけれど...できれば信頼できる相手にだけ打ち明けたいと思ったからだ
椎名は目の前に置かれたカップにミルクを注いできれいなカフェ色に染まるのを見届けてから口に運んだ
未だにブラックは大人すぎて飲めない...割と甘めにしてしまう自分を”あの子”と照らし合わせて甘党なんて人のことを言えないな...なんて頬を緩めていた
すると店の扉が乱暴に開いてドアベルが大きな音を立てる
思わず目線をそこへ向けると彼の待っていた相手が立っていた
大柄でオールバック、ラメ入りのストライプスーツの派手ないで立ちで現れた男は店の中を見渡して椎名の姿をとらえるとドカドカとまるで効果音でも聞こえてきそうな大股で一直線に向ってきた
途中カウンターの前で「ブレンド」と一声かけるとマスターは軽く手を上げて了承した
そのふるまいから彼もまた椎名同様ここの馴染み客なのだと分かる
彼は椎名の向かい合わせのソファにどっかりと腰を落とすと睨みつけるように椎名を見据えた
「なんか久しぶりだね、涼介」
彼の態度に対して不釣り合いな笑顔で椎名はその男に挨拶をすると彼はますます眉を歪めて大声を上げた
「久しぶり...じゃねーだろ!どれだけ心配したと思ってんだよ」
「しーっ!!声でかいって...」
慌てるように椎名は彼に声の音量を落とすように告げて周りを見渡した
いくら客が少ないと言っても迷惑をかけるのはいただけない
ただでさえ目立つ長身、派手な見た目、加えてのデカい声と乱暴な口調は何をするわけでもないのに悪目立ちしてしまう
ーーー彼は藤江 涼介
いくつもの外食産業を手掛けている若手青年実業家だ
ほかにもイベント関係やホテル業界といったところに幅広く視野を広げているらしくそういった業界ではちょっとした有名人らしい
最近ではメディアにも注目されているらしく知る人ぞ知る...といったところで各業界いろんな方面で顔が利く男だ
涼介は胸ポケットから煙草を取り出すと浅黒い手でスーツのポケットを触りライターを探す
その腕には金色のでかでかとした時計が覗いて見える
「ちっ...!マッチ...」
見つからないライターにしびれを切らしカウンターに声をかけようとした時、見計らったように彼のコーヒーが運ばれてきた
そしてマスターはテーブルにカップを置くとその横に昔ながらのアルミの灰皿と平たいマッチを添えて戻っていった
「で?幼馴染をわざわざ呼び出したんだから覚悟できてんだろうな?マサキ」
椎名を唯一下の名前で呼ぶ彼はタバコを咥えると背もたれに偉そうに腕を掛けて笑った
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