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「.....」
涼介は椎名の話を聞き終えるまでに煙草を三本も吸い終えていた
黙ったまま眉間にしわを寄せて話が進めば進むほどみるみる顔を歪めていく
「それでね...」
「ストップ!それってお前の手に負えることなの?警察とか施設とかちゃんとしたところにしかるべき対応をだなー」
涼介の意見はその見た目とは裏腹に至極真っ当な意見だった
「うん...そうなんだけど、でも大げさにしたくないって言うか守ってあげたいっていうか...」
そう話す椎名に向って涼介は大きな拳を振り上げてテーブルを叩いた
ガチャンと大きな音を立ててカップの中身が波打って零れる
「だーかーらーお前はそんなんだから変なことに巻き込まれるんだよ!」
「わぁ...涼介の大声久しぶりだな」
その椎名の穏やかな口ぶりに涼介は脱力して拳を引っ込めざる終えない
落ち着かせるためにまた煙草を咥え出すと椎名は机に置かれたマッチを取り上げて笑う
「吸いすぎ」
「うっせ!これが吸わずにいられるか!」
椎名の手から無理やり奪うと火をつけて一気に吸い込む
ゆっくり煙を吐き出すことで自分自身を落ち着かせているようだった
「で?これからどうするつもり?」
涼介に促されるように椎名は自分の考えを話して聞かせた
まずは戸籍を用意すること、他人の自分たちが少年を養育できるような手続きが取れればと思っている
実際の年齢や知能テストなどもおいおいしていくつもりだった
「じゃぁ、取り合えず弁護士と...あとは話の分かる役所関係ね」
「さすが話が早いね」
「そんなことだろうと思ったよ。とりあえずそっちは任せろよ。でも医療関係は自分で探せよな」
椎名にとって涼介は昔から信頼できる相手だからきっと彼が探してくれる人は必然的に間違いないだろう
改めて涼介に話して良かったと心から思った
「そんでお前は?無職なんだろ?」
「え!?なんで知ってるの?」
まだ自分がいなくなった経緯しか話していなかった椎名は彼がそのことを知っていることに驚いて咳き込んだ
「当たり前だろ、連絡つかなくてお前の病院まで連絡したの!みんなお前がいなくなったって大騒ぎだったぞ!?」
「あぁ...やっぱり?そうだよなぁ、迷惑かけちゃった...」
「捜索願出すとか言うし...もうちょっと様子見させてくれっていって正解だったぜ!どうせ変なことに巻き込まれていると思ったし」
悪態突きながらも涼介の顔は心配事が解消されたからか安堵の色が広がっている
「あはは、分かってるね!涼介は」
「だからってここまでの厄介ごとなんて聞いてねーっつーの!!」
椎名が家に帰ってきた時、携帯電話には誰からのメールも留守録もなかった
そのことに少し傷ついて自分がいかに取るに足らないものなのかを実感してしまったけれど涼介は留守録こそ残さなかったものの、繋がらない電話にかけ続けていたらしい...
使えるようになった携帯が久しぶりの着信を受けたのも彼だった
そして出た瞬間の一言は「なにやってんだ!?てめぇ」だった
「メールとか留守録でも残してくれてたらすぐにかけたのに...」
「なんで俺がお前の女みたいなことしなきゃなんねえの」
ブツブツ言いながらも自分の身を案じて呼べばすぐにでも相談に乗ってくれる相手がいることは幸せだと思う
「取り合えずしばらくは貯金で何とか...でも医者はもう辞めようと思ってさ」
いざそれを口にした時自分でも全く後悔しないことに驚いた
もともと医者はなりたかったわけじゃない、精神科を選んだ理由も血を見なくて済むんじゃないか...なんて安易な気持ちだったから
そんな気持ちがどこかで常にあったからきっとミツル君の大事なサインを見逃していたんだ
少し暗くなってうつむいた椎名に向って涼介は鼻で笑う
「でもお前、ほかに何ができんの?勉強しかしてこなかったじゃん」
「う....」
図星をつかれて胸がいたい
確かに幼いころから医者一家に生まれた自分はそのためだけに勉強して言われた通りの道でしか生きてこなかった
それを取ったら何も残らないことなど誰に言われなくても自分が一番よく分かっている
「適当に内科でもやってら良かったのに...お前は精神科なんて向いてねーって言ったろ?話は聞き役だけどすぐに絆されちゃって...お人よしのバカって言うのはお前のことだよ」
ズバズバとはっきり言う涼介の言葉はどれをとっても正解でまったく反論できない
苦い顔をしながら椎名は冷たくなったコーヒーを啜るほかなかった
するとさっきまで意地悪そうな顔でチクチクと椎名を攻撃していた涼介が少し身を屈めて声を低くした
「つーか、そいつら今二人っきりなんだろ?大丈夫かよ?」
「え...?」
「お前の目がないんだから...今頃もしかしたらってことあるんじゃねぇの?」
椎名は予期せぬ涼介の心配に目を丸くして驚いた
「ま...まさか!そんなことないよ!大丈夫だよ」
自分がいないところで彼がまた少年に暴力を振るうのではないかなんて考えてもいなかったからだ
「ほんとかよ!?お前のことだからなぁ」
「だってすぐ戻るって約束してるし...なにかあったら電話してくるでしょ?きちんと話してあるし」
まるで彼を庇うように首を振って否定する椎名に向って涼介は腕を捲った
そして彼はその浅黒く太い腕に刻まれたやけどの痕を見せるように突き出して鋭い目をした
「暴力ってのは弱い相手にするほどやめられねぇんだよ」
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