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ーーーその日の夜、マナトはなかなか寝付くことができなかった 出て行こうとしたはずなのに、またここうしてフカフカのベットに横になっていることになんだか落ち着かない 誰にも見せられなかった本音をさらけ出した後、すっかり大人しくなったマナトに椎名は今夜はここに泊まるように勧めた そしてこれからどうしたいか、何をするべきかを自分自身でよく考え、答えを出しなさいと告げたのだ 「.....どうしたいか.....かぁ」 どうしたいかなんてよく分からない ここにいたい 嫌われたくない、でも正直になるのが怖い 頭では分かっているはずのことが心では納得できなくて考えが行ったり来たりを繰り返した そうして考え込んでいる内に、脳をフル回転させた疲れがようやく襲ってきたのは、もう日が昇りそうな朝方だった ーーー眠りたくない いっそのこと朝なんて来なければいいのに..... だって起きたらこの曖昧な夢の世界に決断を下さなければいけなくなる どちらか一つの選択ですべてが変わってしまうのに... けれど疲れた体は正反対にベットへ深く沈んでいき、抵抗空しくマナトはやっと眠りについた ****** それからしばらく眠り続けてマナトが目を覚ましたのは昼過ぎだった だるい体をゆっくりと起こしてあたりを見渡すと、いつもと変わりないゲストルーム どうやら夢はまだ醒めていないらしい 寝る前は涼介が部屋に怒鳴り込んできて出て行けと言われるんじゃないか...なんてハラハラしたりもしたけれどどうやらそれも思い過ごしだったようだ 涼介はそんなことも気にせずさっさと仕事へむかったのだろう 部屋からは物音一つ聞こえなかった 最も涼介にとっては自分など取るに足らないのだから気にする方がどうかしてる 目覚めたからといって悩みがまとまることもなく、あまりにもあっけなく起きてしまったことでまるで昨日のことが夢だったのではないかとさえ思った けれど、動くたびにズキンと痛む左手が”これは現実だ”とマナトに教えてくる 「喉渇いた」 マナトはフラフラしながらゲストルームを出て、キッチンへ向かった とりあえず水でも飲んですっきりしてから考えよう... 答えを出すのはそれからでも遅くはない リビングからキッチンへ向かう途中ふと足元を見る すると昨日あれだけ派手に汚したはずの床がきれいに掃除されていた 一滴残らず拭きとられたそこはまるで何事もなかったように思えるほどだった マナトは申し訳なさそうにキッチンへ向かうとコップに水を汲んで一気に飲み干す 昨日流れて足りなくなった分を補うように水はマナトの身体を駆け巡っていった 「---はぁっ」 一息つくと頭の中はそれなりにすっきりとして考えなければいけないことが明白になる 「これからどうしよう....」 弱弱しく呟きながらやみくもに部屋を見渡すマナトの目に何かが止まった 「あれ?」 マナトが近づいたのはリビングのダイニングテーブルだ 何かがその上に乗っている よく見るとそれは皿に盛られたサンドイッチだった 明らかに手作りのそれは丁寧にラップを被せてあってまるで誰かのために用意されたものに見える 昨日の夜はここにはなかったはずだからこれは自分が部屋に戻った後、誰かが作ってここに置いた事になる 中身が分かった途端マナトのお腹がキュルキュルと鳴り出した 朝も食べずに寝ていたから身体は空腹で正直だった もし許されるなら これを自分のためだと解釈するのは贅沢だろうか.... マナトはこれを椎名がしてくれた事だと考える事にした お人好しのあの人があの後、血のついたキッチンやリビングの床を掃除して帰りがけに自分のためにこれを作っていってくれた きっとそうだ あの人ならそれぐらいやりそうだもん 「食べていいのかな.....」 自分勝手な解釈が終わった所で誰にともなしに言ってみるものの、もちろん返事はない だってこの部屋にはマナトしかいないのだ 遠慮がちに一つを手に取り、口に運ぶ 中身はハムとレタスといったありきたりなもので珍しくもなんともない それなのに... 「あれ....」 それなのにどうしてこんなに美味しいと感じるのだろう サンドイッチってこんな味だっけ... マナトは無我夢中で次を放りこんで口いっぱいに頬張っていた 途中、むせて咳き込み涙目になる 慌てて水で流し込みながら息をするとパタリと雫が机に落ちた 「.....?」 慌てて飲んだから水を零しちゃった...なんて思っているとそれは後から後から落ちてくる 「なにこれ.....」 その雫を受け止めるように広げた手のひらを見つめてマナトはようやく気がついた 「なんでっ.......」 なんで俺...泣いてるんだろう.... 慌てて一刻も早く止めようとゴシゴシと目元を擦っても一度流れ出した涙は堰を切って溢れ出した 「バカみたいっ....」 バカだと思うのはこんな時でも悪態をついてしまう自分にだ こんな事されたら弱くなるよ? こんな風にされたらもっと欲張りになって、もっと離れられなくなるよ? もっと自分を見てほしくて、もっと迷惑かけちゃうかもしれない ねぇ...それでもここにいてもいいの? 「ふっ....」 マナトは堪えきれず、机に突っ伏すと声を殺して泣いた マナトはようやく人の暖かさを知ることができた それは今まで求めていたものに触れた瞬間だった

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