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「くっしゅん!!」
大げさなくらいのくしゃみが医務室に響き渡る
椎名はズルズルと鼻をすすってはゴシゴシ拭いているユウの額に手を当てて熱がないかを確認した
「風邪かなぁ...ユウくん、身体だるくない?」
「だる...?」
今のところ手から伝わる体温は平熱だが大雨に打たれたことがひょっとしたら響いているのかもしれない
「今日は早く寝ようね?お熱がでたらミツルくんに会えなくなっちゃうよ」
自分の体調の悪さや変化などに疎いユウには注意してやらないといけない
気が付いた時には重症化してしまうことがあるからだ
そんな椎名の心配をよそにユウは早くもリュックの中からぬいぐるみや絵本といったお気に入りのものを机に広げてどれで遊ぼうか選んでいる
「せんせぇ、これしてぇ?」
ユウが今日の遊びで選んだものは折り紙だった
目の前に色とりどりの紙を広げて椎名を見上げている
「うん?どれどれ?」
「これねっ、この....とりさんっ」
ユウは折り紙に付属された折り方の説明書を指さしながら「これがいい」とせがんで見せた
ユウの指先に示された場所に映るのは折り紙で作られた”鶴”の写真
不器用な椎名にとってそれは至難の業だということは幼いユウには到底分からない
一瞬固まってしまった椎名だったがユウの可愛らしいお願いを聞いてやらないわけにもいかず、向かいのイスに腰かけると説明書に顔を近づける
「えっとまずは.....三角に折って....」
確認しながら折始めた椎名にキラキラと完成に期待を膨らませているユウの視線が痛い
「それで...こうして...あれれ?おかしいなっ...なんか形がっ...」
「せんせぇっ!!がんばってっ!!」
無邪気に応援するユウの向かいに座り悪戦苦闘しながら何度もやり直していると、ふと医務室をノックする音が聞こえた
「はっ....はぁーい!どうぞ?」
途中で手を止められずにいた椎名は相手が誰かも確認せず空返事で対応する
その相手が誰だか気が付いたのはユウがうれしそうに大きな声を上げてからだった
「あっ!!マナくんっ!!」
「えっ!?」
椎名は思わず顔を上げてドアを振り返った
そこには少し気まずそうに目を伏せたマナトが突っ立っている
「マナくんだぁっ!!わぁぁーい」
マナトの姿を見るやユウは嬉しそうにイスから飛び降り一目散に駆けていく
マナトの腕にしがみつくと「遊ぼう」とぴょんぴょん飛び跳ねる
椎名はマナトが訪ねてくるのがあまりにも早く、驚きを隠せなかった
一晩彼がどんな事を考え、どんな風に思ったのか...
自分自身で考えろといったものの、あの言い方はむしろ急かしてしまったのだろうかと不安になる
椎名は二人に近づくとマナトにそっと問いかけた
「いらっしゃい、気分はどう?腕は大丈夫?」
「.....平気」
相変わらずぶっきらぼうで口数は少なかったが、顔色もよく貧血もなさそうに見えた
それでも昨日の今日だからもっとゆっくりしても良かったのにこうして姿を見せたと言うことは何か伝えたいことがあるのだろう
マナトは手の平を握ったり開いたりしながら眉間に皺を寄せて顔を上げない
なんだかマナトから緊張感のようなものが伝わった椎名はそれをほぐすように声をかけた
「来てくれてありがとう、もしかして昨日の返事かな?」
「.....」
「二人っきりの方がいい?ユウくんに席外してもらおうか?」
そう言って椎名はユウを控室へ促そうとするとそれを制止するようにマナトの声が響いた
「いい!!待って!!」
びっくりしたユウと椎名は顔を見合わせてからマナトを見つめた
マナトは相変わらず顔をゆがめたまま、唇を噛みしめて言いづらそうにしている
「どうしたの?!」
「.....に...来た」
「え?なぁに?」
ポツリと呟いた声が聞こえず椎名は聞き返す
すると今度ははっきりと聞こえるようにマナトは大きな声で言った
「ユウに謝りに来た!!」
ぎゅっと目をつぶったまま吐きだすように用件を伝えたマナトに椎名は目を丸くした
良く考えて自分自身で出した答えが"ユウに謝りたい"
まさかこんなに早く、その言葉が聞けるなんて...
でもそれはマナトが今まで随分と無理をしていたからなのだ
誰にも言えず見せられない本音をやっと言うことができた
ようやくマナトは楽になることができたのだ
少し照れながら口を尖らせるマナトに椎名はクスリと笑みをこぼす
「そっか、そっか....よく来てくれたね」
良かった
本当に良かった...
ようやく自分たちの思いがマナトに届いたのだと椎名は胸が熱くなる
それから椎名はマナトの背に手を添える二人をイスに腰かけるように促した
「ユウくん、マナトくんね、ユウくんにお話があるんだって?」
「おはなし....?」
「そう、だからちゃんと聞いてあげようね」
二人はイスに腰かけて向かい合わせになる
不機嫌そうに俯くマナトとぱちくりと瞬きを繰り返し不思議そうな表情を浮かべるユウ
そしてその対照的な二人の間で椎名は話が始まるのを静かに待っていた
しばらく沈黙があった後、ようやくマナトが重い口を開く
「あ....あのさ.....」
そう言いながらも次の言葉がなかなか出ずにモジモジと指先を遊ばせ首を振ったり、唇を舐めたりする
「えっと...だからさ...俺.....」
素直になると決めたものの簡単に性格が変われるなら苦労はしない
しかも散々バカにしていたユウを相手に謝るだなんて今までならありえないことだった
マナトの話をちゃんと聞こうと顔を向けるユウの顔があどけない表情であればあるほど言うべき事が喉まで来て動きを止める
「.....っ」
マナトはまるで助けを求めるようにチラリと椎名の顔を見上げた
するとバチッっと合ったその目がゆっくりと優しく細まっていく
「ちょっと僕は書類を持っていこうかな.......」
「え!?ちょっと待ってよっ!」
助けを求めたつもりがまさかの二人っきりにさせられることにマナトは焦って椎名を引きとめる
「二人っきりなんて無理だよ!」
「大丈夫!そのほうがマナトくんも話やすいでしょ?」
ニコニコしながら書類を抱き抱えると椎名はさっさと部屋を出ていこうとする
「先生っ!!」
「じゃあ、マナトくん、ユウくんの事よろしくね」
出ていこうした椎名がふと思い出したかのように立ち止まり振り返った
「ユウくんはマナトくんと二人でも平気だよね?マナトくんの事好きだもんね?」
その問いにマナトの目の前に座ったユウは目をキラキラさせながら元気よく頷いた
「うん!うん!」
そして今度はマナトを見上げると「マナくんっ、すきぃっ!」と嬉しそうな笑顔を見せた
「.....っ」
いきなりユウから"好き"と言われ、言葉を失うマナトをよそに椎名はドアを閉めてしまった
医務室には戸惑い慌てたマナトと無邪気に笑うユウの二人が残された
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