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**** 「ん...」 「あ、起きた?」 目を開けるとすぐに彼の顔があった のぞき込まれる瞳は穏やかで何事もなかったように見える 「ぁ...ぅ...?」 ゆっくり目だけを動かして辺りを見渡すと見覚えのある部屋 いつもの真っ白な部屋ではなく、彼と楽しい時を過ごしたリビング ぼんやりしながら視線を落とすと彼の指はユウのシャツのボタンを外しにかかっていた 「身体がベタベタだから着替えようね」 拭った汗と涙と血がこびり付いたシャツ いつの間にか彼の匂いは消えて、吐き出した汚物と体液がひどい匂いを放っていた ミツルの器用な指はあっという間にボタンを外してユウの肌をあらわにする 痛々しい傷跡が無数に刻まれた身体を彼はうっとりした目で甘い溜息を吐いた 「あんまり怒らせないでね」 そう言って赤く腫れあがった痕を嬉しそうに人差し指でなぞる ”怒らせるな”と言われてもユウには彼の怒りの沸点が分からない 何をどうしたら...なんて考えるのはやめてしまった たとえ正解が分かったとしても実行できるほどの体力は残っていないから 「お風呂は無理そうだから拭いてあげるね」 彼はそう言うとお湯を張った洗面器を運んできた 湯気がのぼるそれを見た時、ユウは怯えるように身体を強張らせた 「うん?怖くないよ。きれいにするだけ」 硬く絞ったタオルを身体に押し当てられるとそこからじんわりと温かくなってくる 「熱い?」 ユウの反応を見ながらミツルは身体を拭いていった 血が滲んだ指先も折れた小指も痛まないように丁寧に慎重に...まるで宝物のように扱ってくれた 頬っぺたを包むようにしてユウの顔を拭いていミツルがふっと笑って眉を寄せる 「キスしたくなって困るね」 「...っ」 ーーーなんで? なんでしてくれないの? こんなにも間近に彼はいるのになんで気持ちは届かないんだろうーーーー ミツルを見つめるユウの瞳が途端に潤みだして揺れていく きれいにしてもらったはずの頬はまた涙で汚れてしまった 「ふっ...っく...」 「どうしたの?せっかく拭いたのに...」 ミツルは泣きだすユウを自分の胸に抱き寄せて背中を叩く 落ち着かせるようにトントンと打つ一定のリズムは落ち着くどころか余計にユウの涙を誘った ”どうしたの?” 分かんない...もう分かんない 本当は今すぐ抱きついてしまいたいけれど、また「要らない」と言われるのが怖い そう思うと彼に手を伸ばすことができない だけど数少ない彼の優しさを逃したらもう次はないかもしれない 「ぅぅー...」 「ほらほら泣かないの」 彼に抱き寄せられるままユウは顔をうずめて泣きじゃくってしまっていた 優しくされると期待して、喜んでしまう自分が嫌だった もう分かっているのに...優しくされた分の倍、次に来るのは痛みなのに もう二度と許してもらえることはない だって彼は一度も名前を呼んではくれないのだから ひきつけるように泣くユウを慰めて落ち着かせているとどこからか音が聞こえてきた 「誰だろ...」 ミツルは振り返ってつぶやくとあっさりとユウから離れて立ち上がった 音はダイニングテーブルに置かれた彼の携帯から聞こえていた 振動しながら響く着信音は彼が出るのを待っているかのように鳴り続ける 「もしもし?うん...元気だよ?うん...え?あはは、大丈夫だよ」 携帯に出た彼はなんだか楽しそうに会話を弾ませていた 姿も見えない相手に笑っている彼の背中を見つめながらますます零れる涙を自分で拭う 涙を流せば流すほど彼の心は遠くなっていくような気がした すると携帯を片手に振り返ったミツルがユウに向って人差し指を立てた 「...?」 唇をふさぐようにして示す合図は「声をだすな」 見慣れた仕草、するべきことは体で覚えている そうしなければいけない理由は分からなかったがユウは戸惑いながら口元をきゅっと閉めた 「うん、いいよ、返事はできないけど...喜ぶとおもうよ」 ニコニコしながら近づいたミツルはユウの耳に握った携帯を押し当てた

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