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「ユウくん聞こえるかな?元気にしてる?」
耳に押し当てられたものがなんなのか分からなかった
けれど...聞こえてきたのは待ち焦がれていたあの人の声
ユウは目を見開いて驚きながらまるで傷を負った心に沁み入るようなその声を全身で聞き入っていた
せんせぇ...?せんせぇだ...
「えっと...ミツルくんと仲良くしてるかな?楽しい?ニコニコしてるかな?」
話している言葉はあまり理解はできないけれどなんとなく自分の身を案じてくれているような気がした
だってあの人は自分にとって唯一の怒らない人だから...優しくて楽しくて無条件で安心できる人だから
「ぁっ...」
思わず開いた口から小さく声が漏れる
けれどその声はミツルの大きな手の平によって空しく塞がれてしまった
徐々に塞いだ手の力が強くなって息をするのも辛くなっていく
指の隙間から細く息をしてユウは必死になって「声をだすな」を守っていた
何も知らない椎名は返事のない電話に向って語りかける
身振り手振りもできない中でユウが理解できるものは限られているだろうから言葉を選ぶのに苦労した
「ユウくんに早く会いたいな、またいっぱい遊ぼうね」
「.....」
「すぐ帰るから...待っててね」
椎名がそう告げると次に聞こえてきたのは彼の声だった
「先生!どうもありがとう」
「ミツルくん...ユウくんちゃんと聞こえたかな?」
「嬉しそうだよ、早く会いたいんじゃないかな」
クスクス笑うミツルの声はとても穏やかで一瞬でも疑いかけた自分を恥じてしまうくらい落ち着いていた
「仲良くやってるんだよね...大丈夫?」
万が一...涼介に言われた言葉が気になって信じると決めた矛盾に戸惑いながら椎名は彼に電話をかけた
もし電話口で泣き声が聞こえたら...そう思うと想像は悪い方ばかりへ膨らんでしまう
そんな気持ちを払拭したくて話をしたら思い過ごしだと言わんばかりの彼の受け答えが帰ってきた
「今まで以上に仲良くやってるよ、全部先生のおかげだね、どうもありがとう」
素直にお礼を言われた椎名はそれ以上追及するのをやめてしまった
「なるべく早く帰るね」
「うん、分かった、待ってるね」
そうして二人の電話は切れてしまった
椎名は本当の意味での彼らの関係性を分かっていなかった
どんなことでも耐えてきたユウは誰かに助けを求めることなど...たとえ相手が椎名であろうとすることはできない
それほどまでに彼への忠誠心は絶対だということを本当の意味で理解していなかった
電話を終えたミツルは小さくため息を吐いて髪をかき上げた
まだ耳に残る椎名の声は曇っていたユウの顔を明るくさせていた
あぁ...やっぱり...
彼は自分の中で大きく膨らんだ疑問の答えを見つけたような気がした
「先生もうすぐ帰ってくるって。良かったね」
ミツルはユウに向かって笑いながら声をかける
そしてその張り付いた笑顔のままユウと目を合わせて顔を近づける
ミツルが目線をゆっくり動かすたびに、ユウの目も追いかけるように動いていく
「じゃぁ、戻ってくる前に壊さないとな。徹底的にやってあげるね」
「あ...う...」
戻ってくる前に壊さないと
それは一緒にいるための最後の手段だから
その細い腕を掴んで捻じりあげると明るくなりかけたユウの顔が途端に青ざめて震えていく
「ゃ...ぅ...」
フルフルと首を振ってイヤイヤと目で訴えてくる
「俺、声出すなって言わなかったっけ」
そう凄んでみせるとピクンと身体を強張らせてユウは悲しそうに顔を歪めた
見逃してもらえなかった自分への罰を覚悟して俯いてしまう
「約束は守らないとね」
ーー 約束を守れない俺がユウには守れと言って、平気な顔で先生に大嘘をつく
そう思うと彼はこみ上げてくる笑いを止められない
自分の存在はユウにとってなんなのだろう...
だけど、見てしまったから...
椎名の声を聞いた時のユウのあの顔を
恋焦がれるようなあの目を
その目を見てしまったミツルはもう決めたのだ
理由なんてない
壊すことに必要な理由なんてない
俺以外をあんな目で見つめるユウなんていらない
それだけだ
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