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それからというものミツルはユウをあの部屋に戻すことはなかった
けれどそれはユウが望むような理由ではなく、単純に生命の危険があっては困るからでそれ以上のものはない
現にユウの身体は衰弱しきっていて食事することはおろか指先一つ動かせなくなっていた
リビングに座って一人では支えられない身体をソファに預けている
辛うじて開いている目だけはなんとか自分で動かせるようだった
ゆっくり呼吸を繰り返すのと同じ速度でそこだけ時間が流れているように見えた
けれど目の前をミツルが横切るたびにユウの目はそれを追うように彷徨い揺れていく
もう殴られない代わりに声をかけられることもなくなってまるでいないものとして扱われてもユウは無意識にミツルを求めてしまっていた
「まるで置物だね...」
どれだけ時間が過ぎても一向に動く気配もないユウを眺めながら彼が一言つぶやいた
蔑むようなため息を吐いてこれからの事を考える
ユウのこんな姿を見たら先生はなんていうのかな...怒鳴ったり殴ったりするんだろうか
俺から取り上げたユウはどこに行くのかな...そこはユウにとっていい場所なんだろうか...
「もう少しなんだけどな...」
あと一つ...ユウの心を抉るものはなんだろう
要らないといっても、どれだけの痛みを与えてもどこかで何か期待をして踏みとどまろうと努力する
もっと決定的な何かが欲しい、もっともっと確実に堕ちてしまう何か....
煙草をふかしながら煙越しにユウを眺めていたミツルはふとあることに気がついた
虚ろな目で焦点も合わないその姿は拾った時のユウとまるっきり酷似している
唯一あの頃と違うのは動かないのではなく動けないということだ
彼は口の端を引き上げるとユウの元まで歩み寄って目の前にしゃがみこんだ
自分の方に顔を向かせて煙草の煙を吹きかけると咳き込むこともせずユウは無反応なまま目だけを彼に向けた
「ねぇ、ポチ」
ミツルは一つの名前を口にする
それはユウと名付ける前の名前
前の飼い主がつけた名前とは言えないただの記号
ユウにとってそれは心の奥の奥にしまい込んだ思い出したくない記憶
存在を否定され、生きていることさえ疎まれていたあの頃
嫌な事はみんな集めて心の箱に閉じ込めて来たのだ
彼にも秘密の場所に隠した絶対に開けてはいけない箱
それはユウの本能が無意識に作り出した自己防衛のための策だった
「聞いてる?ポチ?」
やだ...やだ...ちがうちがう...
無意識のうちに作り出していた心の箱は段ボールよりも脆くて見つかってしまえば簡単に中身が溢れてしまう
開けないで...開けないで
あれは思い出したくないのに...
「また箱に入れて飼ってあげようか?ポチ」
「....」
するとずっと動けないままだったユウの指先がピクリと動いてミツルの服の裾を引っ張った
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