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彼がつけてくれた名前は大事な大事な宝物
呼ばれるたびに嬉しくてそのたびにその名前が好きになった
彼は自分を見つけてくれて箱から出してくれて存在する事を許してくれた唯一の人
力なく掴んだ裾を彼はヘラっと笑って払いのける
手のひらを掴まれて火のついたタバコを押し当てられた
ジュッと焼き焦げる音、刺すような痛みと焼ける匂い
だけどほとんど体力の残ってないユウは痛みに声を上げる事もできなかった
「ポチは犬なんだからお利口にしていないとね」
ポチ...?
ちがう...ちがうのに...
「聞いてる?ねぇ、ポチ」
「ぅ...」
ユウは絞り出すようにして声をだした
小さくて聞き逃してしまうほど弱々しかったけれど、確実に何かを訴えている
「あはっ!お前バカなのになんか言いたいの!?」
バカじゃなくて、お前じゃなくて、ポチじゃなくて...
ユウの震える唇から紡ぎ出された言葉はか細いながら音を持ってミツルの耳に届いた
「ユ...ウ」
ミツルは驚いて息を飲んだ
彼が知る限りユウが自分の名前を言葉にするなんてできたことがなかったからだ
「ユウ...ぅぅう」
ユウは目を真っ赤にしながら必死に自分の名前を彼に訴えていた
ユウだよ...なんで呼んでくれないの?
どうすればいいの?なにが足りないの?
「ぅうぅぅ」
枯れたと思っていた涙はあっという間にユウの目からどっと溢れてきた
涙はどうして渇くことがないんだろう...どれだけ泣いても彼に届きはしないのに
空しく流れる涙が頬を伝い床に落ちていく
「もういいよ、ユウ」
下を向いて泣きじゃくっていたユウはミツルの声に反応して顔を上げた
「...?」
「そんなに頑張らなくてもいいよ、ユウ」
”頑張らなくてもいい”とはどういう意味だろう...
ユウはわけも分からず霞んだ目で彼を見つめてその意味を計ろうとした
すると彼は呆けたようなユウを抱き寄せてその腕を強く巻き付けた
「好きだよ、ユウ、大好き...ユウは俺の宝物だよ」
それはずっとずっと聞きたかった名前
欲しかった”好き”の言葉
「いい子だね、エライね、ユウはお利口だね」
抱きしめて頭を撫でながらミツルはユウが分かるかぎりの褒め言葉を並べていく
どうして急に彼が名前を呼んでくれたのか分からない
分からないけどどうしても喜んでしまう自分がいる
「ユウ、好きだよ」
「ふっ...」
また突き放したりしない?
また嫌いって...要らないって言わない?
包まれた胸の温かさ、抱かれた強い腕、大好きな匂い、恋しかった彼の声
どれも全部捕まえておきたくて彼に縋りつきたいのに腕が上がらない
「ユウは...?まだ俺の事好き?」
そう聞かれたユウはぎゅっとされた腕の中からぐしゃぐしゃになった顔を出して見上げた
「好き?」
「っんっく...きっ..ぃいい」
”好き”の言葉は発せられないけれど、泣きじゃくりながら自分なりに好きと伝えたつもりだった
好き...大好き...ずっと大好き
ユウの限界は近かった
終わりの見えない苦痛は辛すぎて辛すぎて本当に壊れてしまう
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