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1-椎名ー

**** ーーー僕だって空が飛べるんだよ それは飛べないペンギンが空にあこがれる話 自分も飛べると信じてひたむきに空を飛ぶ練習をするペンギン 何度やっても飛べなくて、くじけてしまいそうになるけれどあきらめないで空を目指す ...たしかそんな内容の絵本だった そのひたむきに頑張る姿は少年とどこか似ている気がして椎名はどうしても読み聞かせてあげたかった 「えぇっと...確かこの辺だったと思ったんだけど」 自分の狭い部屋に似つかわしくないほど大きな本棚の前で何度も目を往復させて椎名は目的の本を探していた 椎名は自分の患者が話してくれた内容の中で興味深いものを見つけるとなんでも調べてしまう癖がある 相手ともっと距離を縮めて寄り添いたいから、それは大人だろうと子供だろうと同じだ そのおかげで各いろんな分野の資料が椎名の部屋には増えていき気づいた時には壁一面の本棚では足りなくなってしまっていた この絵本を教えてくれたのは...たしか小学生の男の子で、親の離婚が原因で精神的に不安定になってしまってうちに来たんだっけ... そういえば、あの子は元気にしてるかな 自分でいうのもなんだが多少は博学といってもいいぐらいにはなっただろう...それが役に立つかは別として 順番も大きさも関係なく無造作に詰め込んだ本の束はそういう時に限って本当に必要なものを隠してしまう 「あ...えっと..あ!!あった、あった」 一番上の棚に苦しそうに挟まれているお目当ての本に背伸びをして取り出そうとするが、本棚の前にも本の山...足元を邪魔してどうにもこうにも取り出せない 「あぁ!もうっ!!」 こんなことならちゃんと片付けておくんだった... 椎名は料理も苦手だけれど掃除も苦手...というより家事全般苦手だ 一人暮らしをしているからと言って誰もがうまくできるようになるとは限らないと身をもって知っている けれど所詮は男の一人暮らし、食事だって今は外に行けばなんでも手に入る時代なのだ 何ができなくても何とかなってしまう...しいて困るのはこんな風に部屋が窮屈に感じるくらい部屋を汚くしてしまった時だ そういえば勤めていると時もよくカルテを無造作に戻してスタッフに怒られていたな... 今さらながら懐かしむように思い出して笑ってしまった 「よっと...」 腕を最大限伸ばしてお目当ての本を掴もうとした瞬間、インターホンが鳴った 「え!?ちょっ...わっ...わあぁっ!!」 突然の音に驚いた椎名はバランスを崩して倒れこむと、その上に雪崩が起きた バタバタとすごい勢いで降ってきて、しまいには大きな本の角が頭のてっぺんを直撃した 「痛ってぇぇ...」 唸る椎名の部屋にインターホンは鳴り続け、次第にその速さを増していった ピンポーン...ピンポンピンポンピンポンピンポンーーー!!!! 「はっ...はぁい!空いてるっ!空いてるから...!!」 こんなに馬鹿みたいに鳴らす奴は一人しかいない... 椎名は来客が誰であるか顔を見ずとも分かっているように玄関に向かって大声を張り上げた 「うぃーっす、邪魔するぜ....って」 そう言って相変わらずのド派手に決めた格好で椎名宅を訪れたのは涼介だった 遠慮というものは0でわが物顔で部屋に上がりこむ 「何やってんだ?お前」 「見てないで手、貸してくれ」 本に埋もれた椎名が手を伸ばすと涼介は呆れたようにその手を取って引っ張り上げる 「またかよ、相変わらず汚ねぇな」 涼介が知る限りこんなことは一度や二度ではないのだ 「すいませんね、うちはお前みたいにハウスキーパーを雇う余裕はないもんで」 ははは...と笑いながら椎名は立ちあがりほこりまみれの自分を払う 足元には雪崩になった本の山...これではまた探し物は振り出しである 「なに?」 「いやぁ、あはは...ちょっとね、あの子に見せたい絵本があって」 足元に散乱する本を片付けるともなしに拾い上げていくと運よく見覚えのある表紙を見つけた 「あった、これだ」 「あぁ?絵本?...ったくお前は保育士にでもなったつもりかよ」 涼介は額に手を当てながら、うんざりするようにうなだれた

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