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どれくらい寝ていたのだろう...ユウがふと目覚めるとあたりはすっかり薄暗くなってしまっていた
目の前にはガランした空間だけが広がって嫌でも孤独を感じてしまう
彼はまだ帰って来ていないみたい...もしかしたらもう二度と帰っては来ないのかもしれないけれど
相変わらず体は重かったけれど不思議と痛みは薄れているような気がして、こうやって痛みも感じなくなるのかな...だったらいいなぁと思った
ユウは瞬きをしながらそんなことを考えて誰もいない部屋をぐるりと見渡した
「....」
ゆっくり動くユウの瞳が部屋のある所まで来て動きを止めた
それはキッチンの大きな食器棚、ガラスの扉の中身は彼がきれいに並べた食器がいくつも重ねられていた
そしてその棚の上にユウを見降ろすように並んだ2体のぬいぐるみ
とり...さん...と...わんわんだ...
もうずっと触っていない、前はもっと遊んだり、お話したり、一緒に寝たりしたのになぁ...
懐かしさが胸を締め付けるように襲ってくる
おかしいな...もう悲しくはないはずなのに...
「ポチ」
ふと声が聞こえた気がした
誰もいないのに自分を呼ぶ声...でも目の前に誰の姿もない
「ポチ」
ーーーその声は彼でもなくて聞き覚えなんてないはずなのにどこか懐かしく感じた
だぁれ?とりさん?
ユウにはそれが夢なのか現実なのか妄想なのか幻聴なのか判断がつかない
ただ感じるのはその声が好きだなぁということ
もっと聞いていたいとさえ思えた
ユウは重い体を這うように引きづって食器棚まで動き出した
なんだか呼ばれているような気がしたのだ
「こっちにおいでよ」と手招きされている気がした
ズルズルと這った床には血の跡が滲んでいる
もうどこが痛くてどこをケガしているのかすらわからない
やっとの思いで食器棚までたどり着くとユウは疲れた体をそこにもたれ掛けた
するとユウの全体重がかかった棚がガタンと揺れて乗せられたぬいぐるみがグラリ動いた
ふと上を仰ぎ見たユウは昔の事を思い出した
そうだ...あそこには昔、甘いお菓子があった
背伸びをしてもどうにも届かなくて、けれどグラグラ揺すってみたら落ちてきのだ
やっと手に入れることができたそれは今まで以上に美味しかった気がする
「あぅ....」
ユウには立ち上がって棚を動かす力など残っていなかった
腕を上げることも一人では立ち上がることもできない
悔しくて見上げたぬいぐるみは仲良さそうにピタリと寄り添って自分を見下ろしていた
いいなぁ...そばにいてくれる人がいて
あのね...もういないの...ポチには誰もいないんだよ
彼が側にいてくれるだけで幸せだったけれど、いつも怒られてばかりで本当は苦しかった
だけど、好きな人が離れていくのは怒られるよりも殴られるよりももっともっと辛いんだね
もっと頑張ればよかった
どうしてもっと頑張れなかったのかな...
どうすれば良かったのかな
とりさんなら教えてくれる?
一度考えだすと次から次へと吹き出すように黒い靄が心を覆う
諦めたはずのものは簡単に手放せないほどにユウに根を張り育っていた
見上げたユウの目に枯れたはずの涙が浮かびだす
「ーーー!!」
何かが切れたように全身を勢いよく棚に打ち付けた
食器棚はその拍子にグラグラと揺れだしガラス扉から食器が飛び出し落ちてくる
ユウの周りにはガシャンッガシャンッと皿やグラスが割れて散乱した
「....っ!」
破片が飛んで足を切っても夢中で体をぶつけていた
だって欲しくなってしまったから
もう一度触りたい、抱きしめたい、そばにいてほしい
後先を考えられるほど賢くはなれなくて、ただじっと終わりを待つほど幼いままではいられなかった
ガンと棚に頭をぶつけるとそこにポンッーーっと柔らかい物が降ってくる
「あっ...!」
ユウは足元に転がるそれを飛びつくように拾い上げると割れたガラスの上も関係なくペタリと座り込んだ
うれしいなぁ...やっと会えた、やっと触れた
ユウはぬいぐるみを潰れるほど抱きしめて顔をうずめた
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