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「....」
ーーなんだ...寝言か...
ミツルはしゃがみ込んでうわ言のように何かをつぶやくユウの様子を伺っていた
穏やかに眠るあどけない顔
ツンと頬に指先を当てるとピクンと睫毛が揺れてかすかな寝言が聞こえた
あまりにもスヤスヤと寝ているから思わず彼はふっと笑みをこぼす
どんな夢を見ているの?
穏やかそうだからいい夢なのかなぁ
...だったらいいな
現実はユウにとって優しくないから
ちがうか...優しくないのは俺だけだね
前髪を何度か撫でてシーツを身体に掛け直す
お腹に手を当てて何度か摩ってあげるとユウの唇から呟くような音が聞こえた
「みぃ...」
「...?」
口元に耳を近づけるとそれは何度も繰り返し聞こえる
「みぃ...く...ん」
穏やかだと思っていたのになんだか切なそうに眉を寄せている
なんだか不安になって彼は手のひらを頬に添わせてみた
すると緊張していたような顔がふっと緩んで眉毛が下がった
怖い夢でも見てるのかな...
「みぃ...」
頬から触れていた手を引くと今度はユウの閉じた瞳から一筋の涙が頬を伝う
「え...?」
「ごめ...なさ...」
"ごめんなさい"
思わずまつげに絡んだ涙の雫を指で救いながらミツルは眉をひそめた
なんで謝ってんだ...?
腕の中のぬいぐるみは今にも潰れそうなくらい大事に抱えられていた
握り拳の中に指を差し入れてみるとキュッ握り返してくる
「ユウ...?」
何気なくユウの名を呼ぶとその声に反応するようにふにゃっと崩れた表情になった
そして緩んだ唇から聞こえた言葉
「みぃ...くん...すき」
その瞬間、ドクンッと大きく胸が鳴った
背中にどっと汗が吹き出して、彼の身体を急速に冷やし始めた
手が震えて思うように動かない
だってそんな事あるわけない
違う、違う...ありえない
だってこいつはバカで何もできなくて簡単な事だって何度教えても覚えられないんだ
ーーだけど先生は言っていた
ユウは頑張って覚えようとしてるって...
「みぃ...」
ねぇ...それって...
「みぃ...くん」
...それって俺の名前?
しきりに繰り返すその声に弾かれたようにミツルはユウの肩を掴んだ
「ユウ!!起きて!?ねぇ起きて!?」
大きな声でユウの名を呼び強く揺さぶる
「ユウ!お願いだから起きて!?ねえってば!!」
何度呼びかけてもユウはただ彼の動きに合わせてグラグラと頭を揺らすだけだった
「起きてよ!お願いだから...」
あぁ...俺は何をやっているんだろう
ユウはいつだってこんな俺を許してくれるのに
どうして俺は一度だってユウの言葉を聞いてやらなかったんだろう
こんなに好きなのに
こんなに思ってくれているのに
「ごめん!!ユウ...ごめんね」
お願いだから目を覚まして
そして今度こそ俺に謝らせてほしい
こんな事してごめん
要らないなんて言ってごめん
夢の中でまで、謝らせている俺を許して
華奢で折れそうな身体を抱き寄せた彼は声をあげて泣いた
ーーベットにはきちんと手当が施されたユウが未だ目を覚まさずに寝ていた
ミツルはその横で包帯の巻かれた手を優しく握りながら大きなガーゼ越しに頬をなでる
「もう大丈夫だよ、今度こそ嘘じゃないよ」
前髪をわけておでこに唇を寄せた
まっすぐに顔を見つめて、こめかみに瞼にキスを落とし紫に変色した唇にも触れる
ユウの顔が歪んで見えるのは自分の目が潤んで揺れているからか、それとも心が歪んでいるからか
「先生に来てもらおうね」
ユウの頬にミツルの涙が一粒零れ落ちた
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