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見開き一面に描かれた海の絵にユウは目を大きく見開いて見入っていた
「絵がきれいでしょう?ほら、これ...ペンギンさんだよ?分かる?」
真っ青な海の色に特殊な加工がしてあるそれは角度を変えるとキラキラと反射して色鮮やかに輝く
同じ青でもさまざまな色が重なりあって大人でも思わず見入ってしまうほどだ
「ほら...ここ...引っ張ってごらん?」
絵本の脇から少しだけ飛び出たつまみを引っ張ると真ん中に描かれたペンギンの羽がパタパタと動く
いわゆる仕掛け絵本というやつだ
「ぅあっ...?」
「ね?すごいでしょ?」
文字は読めないのはもちろんだけれど、内容も聞かせたところでまだ理解はできないだろう
いずれこの絵本ぐらいは一人で読めるぐらいまでできたらいいなと椎名は考えた
どこまでできるかはわからないができる限り力になってあげたい
「また一緒にいろんなことを覚えようね?」
椎名が軽く微笑むとユウはハッとしたように絵本から顔を上げた
「ぁ....」
「どうしたの?」
なんだか言いたいことがあるようで眉間にしわを寄せているが言葉が出ないから分からない
「なぁに?....なんだろう...?」
「みぃ...くん」
「ミツルくん?呼んできてあげようか?」
そういうとユウは違う違うと頭を左右に振っている
椎名の袖をきゅっと掴み必死に何かを訴えかける
「えっと...なんだろうなぁ...」
分かってもらえない事のもどかしさからユウは椎名の顔を見ながら目を潤ませ始める
「あぁ...泣かないで....えっと何かなぁ...」
椎名が困り果てていると寝室の扉をノックする音が聞こえた
「お待たせ.....ってどうしたの?」
ミツルは小さな土鍋が乗ったお盆を持ち部屋に入るなり、今にも泣きそうな顔のユウと青くなっている椎名の顔を見比べて眉を顰めた
「や....ユウくん、何か言いたいみたいなんだけどさ....」
椎名がそれだけ言うと彼はお盆をサイドテーブルに置いてベットに腰かけた
その重みでベットが軋むとユウはすべるようにもたれ掛かって彼の首筋に鼻を擦りつける
「なぁに?何が言いたいの?」
肩に手をまわして抱き寄せるとユウは少しうつむきながらポソッとつぶやいた
「ん...みぃ...くん」
それを聞くとミツルは大げさに「はぁーっ」とため息をついてユウの頭をわしゃわしゃと撫で回した
「だからそれはもういいって言ったろ?」
はたから聞くと何度も繰り返しているミツルの名前に過ぎない
それなのにまるで意味を理解したような口ぶりに椎名は思わず身を乗り出した
「何っ!?なんて言ってるか分かるの?」
すると彼はと少し困ったように「名前だよ」と笑った
「俺の名前、ホントはもっとちゃんと言いたいんだけどできなくて嫌なんだって」
ーー彼曰くやっと言えた”彼の名前”は完ぺきではないことを自覚しているらしい
そして何度繰り返してもできないのが納得いかなくて先生に教えてもらいたいんだと言った
「そ...そうなの?ユウくん?」
恐る恐る伺うとユウはコクンと頷いて上目遣いで椎名を見上げた
「いいってば...それで充分なの、それだけで嬉しいんだから」
「んぅ...」
それでも納得いかないと曇った顔をしたユウをあやしながらミツルは食事の支度を始めた
「さぁ、食べよう?冷めちゃう」
土鍋を開けるとふわりと食欲を掻き立てる匂いが漂い鼻をひくひくさせたユウが土鍋の中身をのぞき込む
「熱いから触らないでっ...」
呆然とする椎名をよそに彼は中身を取り皿に移しながら息を吹きかけて冷ましている
「な...なんで分かるの?ユウくんの言いたいこと...」
まるで独り言のように呟いた椎名を横目でチラリと見た彼は当たり前かのように言ってのけた
「なんでって....見てたら分かるよ、なんでも」
ね?っと目で合図するとユウはニッコリと笑って口を開けた
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