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不穏な影②

「これは綾瀬家のご令嬢。いったい私の家に何の用でしょうか。私が約束をしているのは、綾瀬家の御当主だったはずですが」 「あら。私も一緒と言うことを、父に聞いてませんの?どうしてもあなたと一緒に過ごしたくて、父に無理を言ったんです」 美しい笑みを浮かべて、女性は文汰に媚を売っていた。うっとりとする女性の声に、文汰は表情を変えなかった。ただ、冷たい視線を女性に向けていた。 白も文汰の後ろにいて、女性にあまりいい印象を持てなかった。勝手に人の家に上がっている(村田が文汰に何も言わず、上がらせたとは思っていない)のだ。白でさえ、他人の家に家主の断りもなく上がってはいけないと分かっている。 世間一般的な常識を無視して、女性は勝手に上がり込んだ。 「勝手に、俺達の家に上がってこないで」 自分ではこそっと言ったつもりだったが、白の言葉は女性にも届いたらしい。ギロッと睨まれた。それがまるで白を殺さんとしているようで、怖くなって文汰のスーツの裾をギュッと握った。シワになるのは分かっていたが、握らないと走って逃げ出しそうだった。 でも、自分は何も悪いことは言っていない。本当のことを言ったのだ。 「あら。私はあなたに用はないのだから、気にしないで。私はただ、文汰さんに用が」 「私も、妻と一緒で断りもなく上がってほしくないのですが」 「妻?」 信じられないと言った様子で、女性は白をポカンとした表情で見る。ただの、文汰が飼っている孤児だと思っていたのだ。それが、文汰の妻だとは。 「文汰さん。文汰さんは、面白いご冗談を言われるのですね」 「冗談?何がでしょうか」 「そんな薄汚い男が、あなたの妻なんて」 女性は花で笑う。白が文汰の妻なんて、絶対にあり得ないと言うように。 だが、文汰の妻は白だ。その事実に代わりはない。だからこそ、文汰は女性が許せなかった。大切で大好きな妻である白を、侮辱されたのだ。 「村田。綾瀬家のご令嬢を、今すぐ外に連れ出せ。丁重にだ」 「はい。かしこまりました」 村田は、まだ何か言いたそうにしている女性の視界から文汰達を遮る。そして、女性に抵抗されない程度に手首を握ると、玄関に向かって歩き出した。 「っ、はぁ」 「大丈夫か?白」 「うん、大丈夫だよ文汰」 本当は怖い。もしかしたら、女性が何かをしてくるんじゃないかと。でも、そんな白の思いを分かっている文汰は、少しでも恐怖が消えるようにと抱き締めた。

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