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第四夜

あれは夏の暑さが仕掛けた悪戯ーーー白昼夢ではないのかと、安達は宿泊するために借りたロッジの浴室にこもり、頭からシャワーを被りながら一人自問自答していた。 唇には紫紺がくれた柔らかな感触がはっきりと残っている。 少し甘い紫紺の唾液の味も、自分の舌が覚えている。 だけど、あの麗しき青年が自分のような年の離れた冴えないおじさんとキスをするとは未だに信じられなかった。 (でも、僕の事をタイプだっていってたよね……) 最近の若者は何を考えているかわからないと常々思っていたが、紫紺の行動も何一つわからない。 だが、少なからず紫紺に惹かれている自分がここにいる。 出会って間もないどころの話じゃない。 会って数時間しか経ってない。 なのに、頭の中は夢中になって追いかけていた蝶ではなく、紫紺一色に染まっていた。 (あんな風に、誰かに好意を寄せられたのは初めてだったからなぁ……) 今まで好きになった人はいたが、恋人と呼べるような仲に発展した人は一人もいない。 理想が高すぎたと言われればそれまでだが、美しいものがこの上なく好きな安達は、身の程知らずとしか思えない相手ばかりを好きになる傾向があり、振られると確定している恋ばかりに追い求めていたから、告白すら満足にしたことがない。 (好きになってもいいもんかなぁ……) 日差しに炙られ、滴るほどにかいた汗を流し終えた後も悶々と考える。 新しいシャツに短パンを着ているとピロピロリン……と、スマホの着信音が鳴った。 どうやら先ほどネットにアップした写真にコメントがついたようだ。 普段なら気になってすぐ確認するのだが、安達は今はそんな事をしている場合じゃないんだよとスマホをポケットにしまった。 脱衣所の鏡には、タレ目の冴えない男が映っている。 趣味であり今は仕事でもある写真以外、なんの取り柄も才能もない、平凡な男だ。 この地味な顔で、あの麗しい青年の隣に立つのはどう考えても不釣り合いだ。 でも、でもーーー。 (多分僕はもう、紫紺くんに恋しちゃってるんだよね……) 彼の顔を思い出すと、自然と股間が熱くなる。細く、しなやかな彼の身体を思い描くと、まだ誰にも使ったことのない雄の部分が、紫紺を求めて疼いていた。 紫紺の肌はきっと滑らかで、肌触りは極上だろう。 あの肌に触れたい。 触れて、肌を吸って、彼に自分の印をつけて、一つに溶け合ってみたいーーーー。 紫紺は安達をタイプだといっていた。 キスも、彼からしてくれた。 なら、望みはゼロではないのだろう。 安達はそう前向きに捉えることにする。 (取り敢えず、会いに行こう。今夜会って……紫紺くんの気持ちを確かめてみたい。僕の事を本当に好きなのかどうか……) 世にも珍しい『紫紺蝶』ではなく、蝶と同じ名を持つ青年に、安達の心は完全に囚われていたーーー。

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