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第5話
例祭で奉納する舞の衣装は、男のサイズで仕立てられた巫女用のものだった。
一か月ほど切らずにおいた髪にヘアエクステを付けて即席の束髪にし、顔を少し白くする。
女装の男が女の神に舞を捧げるって、シュールすぎるだろ。
「祥爾、似合ってるじゃない」
平日は仕事が忙しくてほとんど話す時間もない母親だが、さすがに本番当日はビデオカメラを持って見に来てくれた。
「まじで?キモくない?」
「凛々しいじゃない。神様の前に行くんでしょ?惚れられるわよ」
「ほんとかよ」
鏡越しに俺達の会話を聞いていた夏生が苦笑した。
赤い袴をはかされた時には趣味の悪い冗談かと思ったけど、上に薄い衣を被れば違和感も消えてそれなりの雰囲気になる。
夏生は準備をしながら何かに心を囚われている様でずっと黙っていた。
一緒に踊れるのは最初で最後。踊っている間だけは、俺が夏生を独占できる。
嫉妬深い女の神が本当にいるなら、俺だってとっくに目の敵にされてるはずだ。
小さい頃から何度も出入りして遊んだ神社の舞台袖に座って出番を待っていた。
しん……と静まり返った中、向こうで世話役の人が話しているけど、言葉が頭に入ってこない。暑いのに変にひやっとする。汗ばんだ掌が気持ち悪くて何度もタオルで拭った。
俺緊張してる?
振りは完璧だしあがることなんて滅多にないのに、鼓動が早くなる。
何だよ、こんな時に…。拳を握りしめた瞬間後ろから声を掛けられた。
「祥爾、お手」
夏生が笑って腕を伸ばしていた。
何の冗談?と首を傾げながら手を乗せると、大きな掌に包まれた。ふっと肩の力が抜ける。
指先を柔らかく握りながら親指で何度も手の甲を撫でてくれる。その感触に安心して思わず弱音を吐いた。
「…俺、ちょい緊張してる」
「初めてだもんな、分かるよ。大丈夫、困ったら俺を見ろ」
夏生が指を動かすのを止めた。暗いけれど、こっちを見る目にいつもと違う光りが宿っていた。ぞくっとするような、男の目。
さっきとは別の空気が俺の鼓動を早くする。
握った手がゆっくりと持ち上げられて夏生の口元に近づいてゆく。あと少しで唇。何度も妄想した感触を想像すると指先が熱くなる。
夏生は俺から目を離さない。一コマ一コマが脳内に焼き付いて行く。息がかかるくらいギリギリの距離で指先をきゅっと握り込まれた。
心臓を掴まれたような気がした。
眉間にしわを寄せた夏生は、指の付け根に唇を一瞬当てた後、目を閉じて俺の手を額にくっつけた。
薄く汗ばんだ額はひんやりしているのに、俺の皮膚の温度がふわりと上がる。焦って手を引いても離してくれなかった。
「夏生!もう始まる」
話が終わり、静かな拍手が聞こえる。背筋が冷たくなるほどの緊張感。夏生の纏っていた空気が変わる。出だしの笛の音が流れ始めた。
「祥爾、いつも通り踊ろう…」
静かにそう言って夏生はゆっくりと瞼を開いた。
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